トンネルワイン・シンジケート

2006年11月19日 風の宿


 極上のワインは命に優る、と言いますよね、知ってる?
まぁ、酔っ払いの戯言ではありますが、我が「唯酒論」の立場から言えば自明のことなんです・・・「酒乱性人生論」をご存じない? 知らねぇぞそんなのって・・・あぁ、貴方は不幸な人だ。
 長い間、人間をやっていると人生のどこかで「人生とは何だ?」なんて考えるものです。ナニ? 考えたことも無い? 話にならねぇな、まぁいいや。「人生とは何だ?」とか「人生如何に生くべきか?」なんて考えたとします。答えは出ない。出るはず無いじゃないですか、設問が間違っているんだもの。いや、ごめんなさい、このややこしい問題を「美味い酒を飲む為にどう生きたらいいか」と読み替えてあげれば答えは案外と簡単なんです。「酒乱性人生論」なんて高度に知的で難解な哲学に聞こえますが、なにA4一枚にも満たない人生論なんです。2ページ目からは白紙で、それは貴方が書き記してゆくところ、そう行動でね。議論だけを楽しみ、結局何もしないってのは寂しすぎるよ。
 「人生如何に生きるべきか」という問いを「美味い酒を飲む為にどう生きたらいいか」という問いに置き換えてやると知的で行動力に富んだ答えが見つかる。例えばお酒を買う為に経済的行為として働く必要がある。給与はそこそこでも楽しい仕事がいい。そして此処からが肝心なのだが、時間を忘れて飲める仲間が必要だね。君子の交わりは水の如し、と言うけれど心を許せる友達は何ものにも代えがたいね。それにね、話の種、こいつが大切だ。万里を旅し万巻の書を読んだもの同士が語り合える、なんて言葉があったと思うが、そいつだよ。まぁ、何でもいいんだけどね。
 「唯酒論」なんて馬鹿な話をしてるようだけど、そうそう、人間と動物の境界って何処か知ってますか? そう、酒を飲むか飲まないかなんですよ。猿酒? あれはウソ。仮にそれを認めたとしてもですね、税金払って酒を飲む、まして夜の巷で大金はたいて酒飲んでいるなんて人間だけだね。俺の知ってる限りだけど・・・。逆に言えば酒を飲まねぇ奴は人間じねぇ、ってことになるんだけど、理論上多少無理があるかな。
 また脇道に反れるけど醸造酒は文化的で蒸留酒は文明的、そんな感じしませんか。醸造酒は神の領域に関り、蒸留酒は化学製品って感じなんだけれど、ただどちらも長い時間寝かせると、ビックリするほどの化け方をする。時間って不思議だよね。全てのものが変化する。
 そうそう、トンネルワインの話だった。あ、これも説明が必要だね。柏崎には「ぶどう村」がありワインを作っている。笠島には旧信越線の赤レンガのトンネルがそのまま残されている。この2つは単独でも面白いのだが、ビーカーの中で掻き混ぜると化学変化を起す。柏崎には面白い「元素」が一杯あってね、巧く組み合わせると核融合が起きる可能性がある、そう思いませんか。面白い町ですよね。また話がそれてしまった。
 「ぶどう村」の2002年もののヴィンテージがいける、そんな噂を耳のしたのは昨年の秋だった。ふぅーん、ぶどう村のワインがねぇ、飲んでみっか。その直後、新潟産業大学の村山実教授と雑談しているときに、「時間の缶詰」と言う話題になった。地方が都会に勝つ手段は時間を利用することだと。地価の高い都会では絶対不利な条件、資本回転率が低くても勝てる方法、それは「時間」による付加価値の増加だと。真似を考えても追いつくことが不可能なのは時間だと。ワインとトンネルが化学反応起した瞬間だった。  
 善は急げ、行動は早い方がいい。早速中村和成氏が動き出した。悪戯な悪童がそのまま大人になった様な男なのだが、楽しい話なら1を聞けばもう走り出している。世の中、やってみなくちゃ判らない。失敗も多いけれど、それはそれで楽しいことなのだと。
 市役所農林水産課の内山課長に聞いたら笠島のトンネルが空いていると。ぶどう村の遠山氏に無理を頼んでワインを数百本(100以上は「数百」、300以上は「1000近い」と言う気持ちとしての単位表現)トンネル内に貯蔵してもらった。村山教授は自作の温度計と湿度計を設置し記録し始めた。芳醇な香りの想像が頭を占拠し、神の祝福が始まった。
 美味いワインは長い静かな時が必要だという。短くて5年、出来れば30年は神の懐に抱かされて、我らの喜びの時を待つ・・・たまらねぇ! 
 「オイ! 5年も待っていたら死ぬぞ、それにさ、美味さが時系列でどう変化するか、こいつはきっちり調査しておかないと後悔するぞ」って春先から騒ぎ出した。「3ケ月で美味くなるわけないだろう、落着け!」課長はそう言って渋い顔をした。あいつは人間じゃねぇ。
 秋になった。ワインの新酒の便りが届き始めた。「もう、待てねぇ、少しだけ!」ある会で話の種に何本か並べてみた。レッテルに薄らとカビも生えている。一口含んで「通」が言った。「ほぅ、いいねぇ。スペインのワインのような・・・」その先はもういい、美味いことは確かなようだ。俺達も飲んでみた。「馬鹿いい具合じゃねぇか!」
 嬉しくって、もうこうなったら突っ走るしかない。柏崎風の会、トンネルワインシンジケートの名で仲間内に呼びかけて試飲会を開いた。大成功だった。柏崎のワインを見直し、洒落たコメントをつけてみんな大騒ぎし、楽しい時間が流れていった。
 正式なソムリエの飯塚信雄さんの一言が忘れられない。「ワインはその年の天候によって味が変わります。よく出来た年も、不出来な年もあります。ワインはその年のことを思い出しながら味わう、それが一番大切なことのように思います」
 この年、何があって俺は何していたのだろう。2002年のヴィンテージが注がれたグラスを眺めながら、俺は眩暈がしそうになった。何にも覚えちゃいないんだ。

 酒は百薬の長と言う。それは半分正しくて半分は大嘘だ。でもそれは身体にではなく、涙を拭きながら走り続けている人間への、神の励ましという意味なのかも知れない。

 越後タイムス寄稿原稿 2006/11/21 修正