秋の庭

2015年11月02日 風の戯言


 喜多郎の「空海の旅」を聴いていると、弥勒菩薩に抱かれてそのまま天に昇ってしまいそうになる。

 睡眠薬に酒が足され、至極幸福 !

 子供達も、孫達も帰り、静かな夜が戻ってきた。

 庭の木々達とボソボソと話し、時折、空行く星たちに「たまには遊びに来ないか ! 」と誘っている。

 俺の部屋は静か・・・
 ばぁさんは隣の部屋で死んでいるし・・・孫達の温もりをまだ抱き続けているのだろう。

コミュニティ祭り

2015年11月01日 風の戯言


 孫達もみんな集まって賑やかな休日になった。

 前ではコミュニティ祭りが開催され、村の人達の笑い声が弾けている。

 公園の木が紅葉し、傾き掛けた陽に妖艶な眼差しを送っている。

 予想が雨だっただけに、この休日の晴天は神様からの贈り物みたいな気がする。

 神は居ないと言いながら、神は実在するのかも知れない。

 いい休日だった。

迷い道

2015年10月31日 風の戯言


 紅葉を追いかけているうちに、魚沼の山の中に迷い込んでいた。

 山間の細い道を走っていると、何処に向かっているのか、ここは何処なのか判らなくなる。

 判らなくなってもたかが知れているのだが・・・。

 雲間から指す日差しの中で、様々な木が様々な色合いの葉をつけている。車を走らせては立ち止まり、気の向くままに秋を楽しんでいるなんて随分とと久し振りのように思う。

 高みに登ると、国境の山に白いモノが見えた。

2015年10月29日 風の戯言


 25年も病床に伏せっていた人が亡くなっていた。
 家族葬で、数人の野辺送りだったらしい。

 従兄弟で、いろいろお世話にもなった人で、葬儀の音もなく野辺の送りにも参加できなかった。寂しさと悔しさがゴチャゴチャになって、心の折り合いをつけられないでいる。それぞれの家庭の事情がわかるだけに、ポツンとした寂寥感の中に漂っていることしか出来ない。

 古いCDで、一人ピアノ曲を聴いている・・・。

妖怪

2015年10月25日 風の戯言


 俺の身辺に妖怪が蠢いている。

 俺も一応はノーベル賞級の頭(蓋骨だけだが・・・)は持っている自負はある。現代科学で証明不能なことを書き立てるつもりは毛頭ない。しかし、面妖な事件が相次ぐ。これは何なのか ?
 
 誰か俺に呪いを掛けているのか? いやいや、それはあり得ない。俺は日頃功徳を積んで、この世に天国の招来を祈願しているから、俺にそんな罰当たりのことをする奴がいるはずがない。俺は真面目を絵に描いたような人物なのだから・・・。笑っちゃいけない、罰が当たるぞ。

 妖怪は最近頻繁に出現するようになった。
 例えば、必要な時に必要なモノが出てこない。幾ら探しても出てこない。
 後で他のモノを探している時に、全く考えてもいなかった所から出てくる。何故そこから出てくるのか、何故そんな所に入っていたのか、どうして誰がそんな所の仕舞ったのか。

 この妖怪、何やら気味が悪い。

 言っておくが「モノ忘れ」ではない。モノ忘れは記憶違いの親戚で、ベースには「記憶」がある。しかし、その記憶がない。
 従って、現代科学では説明できない。医学なんて祈祷の世界でしかない。

 妖怪は実在するのかも知れない。

 どうやらこの妖怪、いい友達になれそうだ。
 友達になった方が楽しい人生を送れそうだ。