秋晴れの空に誘われて

2009年09月20日 風の戯言


 19,20日と柏崎に集まったミュージシャンが街のあちこちの店でジャズを聴かせる音市場。経麻呂さんと近藤淳ちゃんが目的で2,3の会場を追いかけた。淳ちゃんの歌に厚みが増してきて、涙が出そうになる。
 最近[欝]が強いと思っていたが、友人は「稲刈り時期だモノ」という。金木犀の花の香が闇間を漂う時期と重なると俺の「身体と心の痛み」がぶり返し、生きる意味も欲望も何処かに見失ってしまう。最近は「どうせ歳なんだし・・・」と自虐的な追い込みも掛けてしまう。参るね。
 しかしまた、心に開いた傷口を覗き込んでみるのも、楽しくは無いけど・・・自虐的な面白さもある・・のだ。

 秋晴れの夕陽に誘われて、ぶどう村から黒姫山を覗く。
 来年はこの牧草地の一端を借り、「綿羊」の放し飼いが出来ないかと、ひそかに案を書いている。主宰者団体「柏崎綿羊保存会」なんてね、民謡の連中に怒られるかな。
 この場所は刈羽三山に囲まれて、人家の明かりはほとんど見えない。星空が綺麗なんだよ。
 そうか、秋の一夜を星達と語り明かすのも良い企画かもしれない。みんなが星空を忘れているもんな。

 娘の娘が今日で1歳と1ケ月。
 そんな娘が始めて5,6歩 歩いた。嬉しいもんだね。

脳天火災 大人の休日

2009年09月16日 風の戯言


 脳天火災の鎮火作業で家出した。良くないね。
 行き先は野尻湖と燕温泉。
 植木治療院の先生によれば、トラブルが続く時は家出が一番効くらしい。程度に依り、家からの距離を伸ばした方が効果的、だそうだ。心理学的に言えば、非日常に身をおくことの大切さ、を忘れていたようだ。みんなが働いている時に、一人車を走らせる罪悪感と開放感、そんな時間から逆に現在状況が見えてきたりする。
 世界の人口が2050年には65億から90億に増えるだろうという予測があり、地球環境が温暖化し、水資源と食糧不足が叫ばれている。経済の現状も楽天的な未来展望を欠き始めている。或いはそれが「神の仕業」なのかも知れないが・・・。
 リーマンショックから1年。世の中は2番底を目指して動き始めているようだ。

脳天火災

2009年09月13日 風の戯言


 12,13日と2日間怒り狂っていた。褒めたものではない。

 12日は?刈共前社長土田穂波さんの御葬儀に参列。

 午後は徳川宗家18代御当主を迎えての「新潟日報歴史フォーラム」本題「柏崎と桑名藩」が市民プラザで開かれ講演を聴いてきた。いわば身内からみた「徳川時代」なのだが、世界史においてみると騒然として戦争に明け暮れたヨーロッパ、260年も平和が続いた日本は確かに特筆に与えする。
 歴史好きにとってみれば堪らない3時間だった。PHP出版からの「江戸の遺伝子」は好著である。

 が、駐車場から出ようしたら駐車券を紛失、暫し後に券の色を勘違いしていたことが判明、脂汗とカッコ悪さと自分へのムカつきが重なり、苛立ちは「潮風」でも鎮まらず、脳天に火が付く。何とか気を静めて漸く帰宅。

 13日は建設業時代の恩人の葬儀、準備万端で出ようとしたら数珠を忘れて・・・些細なことでイライラが頂点へ。
 ナントカ歳の功で表面上は凌いだが、内面は暴動勃発。ヤレヤレ! 何とも大人げない休日。

松下幸之助

2009年09月08日 風の戯言


 「過去20年に世界を襲った変化の凄まじさは、言葉では言いつくせない・・・・」ニューズ・ウィーク 2009.9.2 にそんな書き出しで始まるレポートがある。自分が身を置く情報産業は最たるものだろうが「パソコンは4万倍、通信は44万倍」になったと何かに書いたことがある。そんな時代を良く生きて来れたなぁ、というのが最近の実感で、時折我が身を慰めている。。
 しかし、これで終わったわけではなさそうだ。CPUを副数機搭載したデュアル・コア・チップの登場により、10年以内に100期以上搭載の可能性があるそうだが、コンピューターが人間の脳並みになる未来も近いのだろうか?

 環境問題の本質はエネルギー革命。民主党政権のCO2 25%削減目標は身震いするような未来設定なのかもしれない。産業界にとってはムチャクチャだが、日本はそんな大きな壁を乗り越えてきた経験がある。きっとやれるのだろう。

 7日、Panasonic本社の中山さんにお会いして来た。30万社員が在籍する企業で2つの日本経営品質賞、7つの地方経営品質賞、海外が一つ。その全てを直接指揮し受賞に導き、経営革新を続ける企業の担当者は、もの静かで温かい、柏崎出身の人。
 本社前の「根源杜」を案内してもらい、歴史館を見せていただいた。松下幸之助を遠い存在として見ていたけれど、経営者としての人間的な苦悩を垣間見ることが出来、スケールも質も大違いではあるけれど、何やら身近な人に出会ったようで気持ちに大きな変化が訪れた感じだ。「この大自然、大宇宙は無限の過去から無限の未来に渡って耐えざる生成発展を続けているのだ] 成長の限界を超える世界がある。

 最悪の体調で、いつもならサボって自宅で伏せていたような状態で、自分以外の何か大きな力で動かされている思いもする。
 今日は新潟で日本生産性本部の元石常務とお会いし、新潟産業大学への寄附講座及び柏崎市内での講演会のシリーズ化等に物心両面の御支援をいただける確約が貰え、喜んでいる。誰かが俺を操っている。嬉しいことだけれど・・・。

静かな夜に

2009年09月02日 風の戯言


 10年振りに税務署の調査が入り、昼間は戦場のよう。

 静かな夜に、久し振りに音楽を楽しんでいる。普段は睡眠薬+寝酒+ついでの音楽、という感じなのだが何故かしんみりと心に沁みこむ。宇宙の果てから魂の底まで、静かに流れる「ミュージック」の世界に引き吊り込まれている。時には、堪らなく良いもんだ。
 書棚から黄文雄の「日本の植民地の真実」を引っ張り出し、気の向くままに拾い読みしている。読む、というより病気のような虚ろな目を泳がせているだけのような気もするが・・・。多分、政治の、というより日本の針路の潮目なのだろう、底流で何かが大きく動き始めているのを感じる。
 次の時代の幸せの姿は何処にあるのだろう。チカラや効率化だけでなく、本来愚かな人間の大地に根ざした生きる喜びがあるはずだと思う。人類が長らく熱望しながら手にし得なかった自由と共存による平和、なるものを。
 魂が幽体離脱したように、俺は秋の夜空を漂っている。