一筋の光

2009.07.21 風の戯言


 18日土曜日、豪雨の中パンツまでビショビショになってゴルフ。サスガに午前中でリタイヤ。
 19日は半病人。泊りに来たチビに勇気付けられる。
 20日は社員の結婚式。写真は家に帰って風呂を浴びていた時の夕陽。何かしら、一筋の光が語りかけていたように思えた。
 
 幾夜かNHKが放映していた現代資本主義の現状は、人間が自らの欲望を抑えきれなくなった因果によるものなのだろう。評論家を気取って見ても、誰がその暴走を止められるのか、絶望的でさえある。
 娑婆は管理するものと、されるものに別れ、される側が常に正しいわけではないが、未来を失うものは間違いなくされる側の人間だ。しかし、本当に強いものは、やはり「される側」のような気がしてならない。

 未来が見えない。
 ただ、もう少しで見えてくる予感がする。

中越沖地震 被災2周年

2009.07.16 風の戯言


 2年前の7月16日、午前10時13分 柏崎はマグニチュード6.8の地震に襲われた。あれから2年が過ぎた。昨年は復興祈願の花火を揚げたりして、まだ波立っていた気持ちを静めるために苛立っていた様に思う。
 時間は万病の膏薬なのか、被災の記憶は遠のいている。昨年の世界同時不況の対処に全神経が奪われ、自身の痛みが陰に隠れてしまったのかも知れない。
 しかし、冷静に考えてみると、この2つの災難の順序が逆だったら、柏崎はどうなっていたのだろうか、と考える。
 慰めにもならないが、この現実を受け入れ、「チャンスはピンチの顔してやってくる」と腹を括るしかないのだろう。
 それにしても、大き過ぎた地震と被害だった。
 
 黙祷

バラとバァさん

2009.07.15 風の戯言


 爺さんは夜な夜な町の悪所に飲みに出かけ、バァさんは隣の畑で胡瓜やトマト、茄子にゴーヤにオグラに後なんか一杯作っている。
 昼間は会社で金庫番をし、食事と宿六の世話と畑作りに精を出している。従って爺さんは頭の上がらぬ生活を強いられているが、世慣れている俺は、自分の立場が弱いときは敵さんを褒めちぎる、のが武家の嗜み、もしくは常道と心得ている。

 畑の南側にパイプ車庫の骨組みを利用したバラ棚がある。北側はゴーヤに占拠されている。バランスと情感に欠けるけれど、それはもう女親分の仰るとおりに・・・美と実利双方を求めた結果だ・・・異論なんてありえませんて。
 で、ご主人様をカメラに収めてみた。案外と見栄えがいいじゃん! 

 なんてことで、彼女は畑の手入れに余念がない。小さな畑だけれど、週末に娘達が来れば畑で取れた持ちきれないほどの野菜を持たせてやるのがバァさんの最高の楽しみのようです。
 畑って不思議なものですね。

稲虫送り

2009.07.14 風の戯言


 7月14日は稲虫送り。
 田圃の苗が根付き、害虫が点き始める時期。豊作を祈願し村中一斉に松明を灯して「稲虫送れよー、鳥越まで送れよー」と大声で叫びながら鯖石川の堤防を練り歩く。
 昔は橋の上から松明を川に投げ込んだように記憶しているが、今は堤防に設えた「どんどん焼き」のようなやぐらに火をつけてはやし立てていた。
 久し振りに、何か長閑な風景に出会い何となく嬉しい。土方をやっていたときの「おっかさん」達の顔も見え「社長止めたんならまた皆で会おうサ」なんて声を掛けて貰ってまた嬉しくなった。あちこちの現場で泥まみれになって働いていた頃からもう40年が過ぎている。

今年もまた、クロトンボ

2009.07.12 風の戯言


 朝、玄関にハグロトンボが見えた。
 「ごめん、夕方また来てくれる ? 」

 陽が西に傾いてころ、本当に彼女は遊びに来てくれた。見つめると、さっと逃げて、カメラを向けると近づくのを許してくれる。モデルのようにポーズを取ってくれたりして、暫らく鬼ごっこみたいに遊んで、目を放した隙に庭から消えていた。
 見上げれば、戻ってきた青空に一匹のトンボが、あれは何でだろう? 直角に曲がりながら翔んでいる。庭の片隅を掠めて行く蝶も見えた。
 早朝ドライブで山道を走りながら「蛇を見なくなったね」と妻と話していたばかり。車に轢かれた蛇やタヌキの死骸を見かけなくなった。寂しくなって、夕暮れの石川峠に車を走らせたら季節外れの鶯の鳴き声が聞こえ、何となくホッとした気持ちになれた。
 そういえば、鯖石川の近くの田圃で色に灰色の混じった鷺よりも大きな鳥を見かける。余程用心深いのか、かなり遠い距離でも必ず飛び去っていく。望遠レンズが欲しくなる瞬間。
 自然の中で縄文人の心に触れながら、普段は修羅を生きている。まだ本当の修羅には程遠いのだろうが、ヨシキリがざわめく堤防を、腑抜けのようになって歩くのもいいもんだ。