沖縄の夜

2006年04月23日 風の戯言


 沖縄に旅をしてきた。
 今年2回目になる。今回はある仲間の懇親を目的とした観光旅行で、いい旅だった。
 旅の楽しみの一つに酒精度の上がった体を揉み解してもらうマッサージがある。観光地のマッサージは大抵おざなりのことが多いのだけれど、Aさんは本当に上手で身体の芯がほぐれるのがわかった。
 彼女らにその土地のことを聞くのも楽しみで、ディナークルージングの時の沖縄の人たちの明るさ、歌手の誘いに沖縄民謡に併せて囃し踊り船内が一つになって極上の時間が過ぎていったその楽しさと羨ましさを話した。でも、あの明るさは沖縄の現実を考えると複雑なものがあるよね、とも。

 地政学的に言えばハートランド、現実的にはユーラシア大陸の中心部分に存在する中国やロシアの膨張はいつも周辺国家の脅威であったし、現代では冷戦前も冷戦後もアメリカと言う国の世界戦略の中でハートランドの膨張を押さえ込む最前線としての日本列島があり最重要な基地としての沖縄がある。
 世界政治の現実というのは太平洋戦争の沖縄戦であり、広島・長崎の原爆であり、東京空襲でありそしてベトナムでありイラクである。つまり人の日常性や生命の躊躇なき抹殺である。何のために?

 彼女は沖縄が平和のために存在するならそれはそれでいい。ただ此処から飛び立っていったB25爆撃機がベトナムの殺戮に参加し、前線から返ってくるものは冷凍された兵士達の死体だったとき、私達はその現実をどう捉えればいいのかと呟く。とても悲しい、と。

 沖縄の音楽は明るい。
 現実を直視しきれない葛藤、言葉したらウソのなる、一瞬でもそれが共感できたらそれだけで幸せなことかもしれない。それがどれほどの価値があるのかと問われれば口篭ってしまうのだが・・・。

 写真は宜野湾市役所屋上から普天間基地を望む。グランドの先が戦闘機の飛行場。