KISNET10年  古いメモ

2007年03月23日 風の宿

 KISNETの10年
 インターネットの激動の中で
創風システム 代表取締役 石塚 修

 柏崎でインターネット「KISNET」を開局して10年が過ぎた。
 正直言えば、この10年の間に何があったのか良く覚えていない。決して痴呆が始まったわけでもなく、ボケは天性のもので・・・(何を言わせるのか!) とにかく新しい技術と格闘している内に10年が過ぎてしまった。その前のパソコン通信の時代を入れると約20年、
この業界がドッグイヤーと呼ばれる通常の世界の7年分だとすれば、140年この世界で生きたことになる・・・もう、南無阿弥陀仏の世界でっせ!
さてさて、平成7年12月24日、クリスマス・イヴに地域への最高のプレゼントをと、思いついたインターネットの上位回線速度は45Kbps、現在は1Gbps2回線だから2万倍にはなっている。約20年前、パソコン通信を始めた時は300bpsだから100Mbpsとして・・・解り易く言えば45Kbpsが45センチの畦道だとすれば、現在各家庭に入り始めた100Mbpsの光ケーブルは1000メートルの道幅だと考えればいい。パソコン通信の300bpsは3ミリ・・・およそどんな進化なのか理解して貰えると思う。

文字データを送るメール機能だけでもう限界に近かった通信は、私にも理解できない世界へと拡大している。
インターネット販売は取引高   兆円を超え、インターネットの普及で証券取引は一日取引40億株に近づき、旅行やオペラの予約は勿論、映像を使った医療相談、TV配信などあらゆる方面でインターネット無しではいられなくなっている。
携帯電話と組み合わせれば、もう本当に何所に居ようが関係は無い。名刺にはメールアドレスと携帯番号だけで用事が足り、郵便番号や住所なんて不要なのかも知れない。一度、信頼のネットワークが出来てしまえばもう柏崎に、日本に居る必要が無いのだ。
通信インフラも技術も利用方法も素晴らしい進歩を遂げ、道路・電気・ガス・水道などのライフラインの最も重要な価値を占めるようになった。他のライフラインは停まっても代替が利くが、例えば発電機やポリタンクで水を運ぶ等可能だが、情報通信だけはそう簡単にいかない。中越地震でその重要性を嫌と言うほど知らされた。情報のないのは暗闇より不安だ。
便利と言う世界に何の意味があるのか
が、ここに来て困ったことが起きてきた。生来のへそ曲りがかま首を擡げ始めたのだ。
雅子妃の父君小和田氏が柏崎高校で講演された時、明治維新以降日本人は精神の開放が未だなされていない、と話された。答えはわかるのに言葉にならない、そんなもどかしさがあったが最近どうやら回答用紙に書けるような気になった。
要は

テレビや新聞等のマスコミは反吐が出そうなほど同じ価値観で報道し、我々もまたそれを受けて隣人との友好よりも有名人の生活の断片をあたかも共通の友人のことのように話題にし、小泉氏の悪魔的な手法に踊らされている。もっと異端が居てもいいじゃないか。
世の中は如何様な人生の可能になり、価値観の多様化から、日本はもう多民族国家だと言い放っているけれど、どうもまだ精神の自由を勝ち取っていないようだ。
不思議なことに、人生は一回だけだ。たった一度だけ許された生、と言ってもいいのかも知れない。一方的に押し付けられた契約書みたいに、契約期限は定まっていない。

結論
それほど便利なものが充満してきたのに、人間は本当に幸福になったか、と言う事。