現代とは何か?

2008年01月19日 風の戯言


 米国のサブプライムローンの破綻により世界経済に暗雲が覆いかぶさってきた。元々生産性の低かった低所得者にマイホームを与えようという共産社会でも難しかった政策を狩猟民族の末裔にさせたことに問題の根源があるように思う。
 他部族他民族他人種は家畜に劣る存在でしかない、パタゴニアの歴史がそれを真正直に証明している。
 結局、英米の銀行とは何なのか。仲間の他は全て家畜でしかない。行員一人当たりの賞与が7000万円を超えるというと、それが優良企業と聞くと、その金は何処から略奪したのかと思う。経済は相互互恵のシステムであり、詐欺や略奪は前時代のマイナス遺産だと思うのだが・・・甘かったかな?
 人間の善意や宗教心は人間の一番弱い脇腹のような存在で、支配者にとって何時の時代にも変わらない「仕掛け-罠」のように思える。「魂の救済」の為の行為が選挙や戦争に狩り出される目的に使われるとしたら、それが多いのだけれど・・・戦略と知恵と力で攻められて、何の抵抗も出来ず、己の人生と営々として蓄えてきた富を強奪されていく様は何とも哀しい。
 たった一度だけこの世に生きることを許された、そしてモノを考えるという悪業を背負わされた人間というものの哀しさを思う。「人生は一つの無益な受難」そんな言葉もあった。しかし肉牛や豚にとって、生命とは工場で生産されベルトコンベアの上で処理されるものだけに過ぎない。それも哀し過ぎはしないか?
 もっと単純に生きた方がいいのかもしれない。雪に閉ざされて気力が萎えているのだろう。地球上のどの民族も太陽の運行による一日と季節の巡りに命の再生を願う信仰を持っている。「日はまた昇る」久々にヘミングウェイのタイトルを思い出した。
 近いうちにまた旅に出よう。旅は気力を吹き返してくれるはずだ。