文化の日
世の中は「文化の日」とかで、いろいろな行事が催されているようだ。
ザイゴに棲んでいると文化とはほど遠い生活で、本当は絵画の展示会や音楽会、文化講演会などに時間を割けば楽しいのだろう。現実は畑の片付け(ホンの少し)、裏山の散策、読書程度。
最近は熱気球の大会にも足が遠退いている。
現状を凝視してみると、心身共に劣化が酷く、確実に崩壊に向かっているのが実感できる。
これは自分だけのことではなく、万物が時間の流れの中で相等しく定められた運命みたいなもの。
なんてことを「光秀の定理」(レンマ−サンスクリット語らしい)読んでいて感じたことなんだが・・・。
他の歴史書の中で、光秀の行動が最もらしく語られているが、ここでは小心の1人の男が、親しみを込めて描かれている。
考えてみれば、この広大な宇宙の中で、自分の存在に思い悩んで生きているのは人間だけなのだろうが、ただその「無意味に近い生」を「心」という意味不明且つ厄介なもののお陰で、多少は味わいのあるモノに感じられる。
人間が人間であるというのは、多分そう言うことなんだろう。
秋が忍び足で近づいている。