職業と哲学

2026年01月19日 風の戯言

写真は南下の溜池
雪がないの確かめて、池の周りを散歩してきた。
やはり「同好の士」いるもので、晴れている間に大急ぎの散歩になった。

哲学。
宗教とは「哲学の打ち止め」なんて偏見を持っている、なに、疑問符を並べていくと「死んだ方が正解」になりかねない。
だから、疑問の連続は健康に良くない。
ただ現在、「幸せの方程式」には自分で設定した「変数」が必要になる。

その「変数」は御呪いでは確定せず、考え抜いて設定する、いわゆる哲学が必要になる。
まして資本主義の権化みたいな現代の会社では、経営者が自ら考え抜いた変数⇒哲学を社員にまで納得させられるか?
会社の根幹でもあるので、トランプみたいなやり方でなく、納得して貰うまで説き続けなくてはならない。

以前、ある工科大学の学長が「これからは哲学が必要だ」と言っていた。
自分の職業を守っていくときに、「俺は何もの?」「何の為に働いているのか?」自分の答えを持っていないと風のなる。

その上で、「誠心誠意自分の職業に尽くす」それが職業奉仕だと思う。
自分の仕事が「天職」だと感じられる瞬間って、どんな仕事でもいいもんだ。