子供の頃から家に仏事が絶えなかった。 自然、修証義や般若心経、さてまた菜根譚までが身近にあった。
「生をアキラメ、死をアキラメルはこれ仏家一大事の縁ねん也」 生を諦め、死を諦める?・・・おめえさん何が言いたいんだね? 「アキラメル」が「明らめる」明確にするとまでわかるまで何十年もかかった。 まだ、解ったとは言えないのだろう。
「?」の付いた小さな紙が頭の脇にへばり付いて剝がれないまま年を取ってきた。 そんな感じ。