
あの日、長岡地域振興局で会議中だった。
大きな揺れと、近くの小高い山と田圃が海の波の様に、うねっているように見えたのを覚えている。
その後何が起きたのか、ほとんど覚えていない。
ただ、地震の直後、南相馬の海に鎮魂の祈りに行って来た。
同行した神主が、言葉もなく海を眺めていた。
道路の脇に大きな船が置いていかれ、農家の庭先で草が伸び始めていた。
フクシマはまだ暗い影を引き続けている。
期間困難区域は東京23区の半分くらいの面積があり、2万5千人が故郷を追われているという。
親を亡くした子供たちは1782人だという。
哀しいね。