南相馬市の夢

2011年06月29日 風の戯言


 先週末の「福島」が俺を変えているようだ。
 大自然の前で、人間の存在なんて小さなものに過ぎない、そう自分でも悟っていたつもりでいた。しかし、大津波に襲われた後の、町の跡とも農地の跡とも見極めのつかない一面の「平野」。田圃があり、工場があり、商店があり、家庭があり、其々が未来を信じ夢を託し努力を重ねてきたのに、すべてが波に消えてしまった。

 仏教の世界では、命はいつ途切れるかも知れないから、いつ終ってもいいから、今日の命を最後だと思って「今日一日」を一生懸命に生きろ。そう、教えているのだろう。
 人は運命の逆落としを何時までも悔やむのではなく、100日を過ぎたら諦めと新生への希望を無理にでも胸に植え付けて、信じて生きねば、奈落の底に引きづり込まれてしまう。
 胸に涙の壺を抱えながら、温かい笑顔を絶やしてはならない。笑顔は人の心を救う。自分にどんな苦難があろうと、笑顔を絶やしてはならない。きっと、人は幸福を味わい、その幸せが、まだ自分を包んでくれる。

 人は生きなくてはならない。

 人は、人を楽しくさせるために笑顔を絶やしてはならない。
 楽しく生きなくてはならない。
 そして、時折誰もいないところで腹の底を絞り出して思いっきり泣かねばならない。
 涙は、自分の心を洗い、自分を強くしてくれる。

 絶望の原野に工場が再建され、スーパーが開店し、床屋が店を出していた。
 がんばれぇ!!!!
産業は「働く幸せ」のもとであり、みんなが明日に希望をつなぐことができる。

 頑張ろう!