車を降りると暗闇の中から金木犀の強烈な香りが被さってくる。
俺はこの香りが好きだ。子供のころの秋の夜が戻ってくる。庭の金木犀と、農家の脱穀機の音と、裸電球の明かりが疎らに燈る集落の空間に変移してしまう。だけど、蘇ってくる切なさと侘しさは、今の生活の中では再現しようもない異次元のもののように思える。
虫の音と月明かりの中で、もののあわれ、みたいなものを触れたような気がした。
昭和30年代の初めのころ、まだ古い日本がお化けや妖精と共に生きていたのかも知れない。俺の初恋と・・・戻りようも無い時間の流れ。