いくらお盆だからと言って、自分の墓参りというのは些かシックリと来ない。
しかし木の墓も見慣れてくると何となく落ち着きが出てくる。 見慣れる・・・女房も同じことなんかな。
子供達や孫達が集まり「お盆休み」を楽しんでいる。
嬉しそうに世話を焼いている女房の姿を見ていると、子供や孫というのはやはり「母親」のものなんだな、つくづくと思う。
自分の時間軸がズレていて、季節感も狂い始めている。
今更のことだが、「真夏」の感覚が薄い、のではなく鈍いのだ。どっかで「芯」がとんでいるのかも知れない。
ジックリと「真夏」を味わいたいと思っている。