ものくれ婆さん
雨の日の鯖石は、静かだ。
時折、通り過ぎる車の音がするだけ。
こんな宝物のような生活を楽しんでいる。
庭の芝生の脇に30坪ばかりが節子の農園。
畑を耕し、タネを蒔き、苗を植え、柵を作り、 作業に夢中になっている。
農園で採れる野菜は、食卓を賑わし、会話は「美味しいね」だけ。
天の恵みか、僅かな農地から採れるキュウリ達は二人の生活には十分過ぎ、子供達や会社や知人達にお裾分けしている。
姉たちの話を思い出す。
体が弱かった母は朝早くから畑に出て、午後は床に伏せっていたという。元気な午前中に鼻歌交じりに畑仕事をし、後はダウンしていたのだろう。
その母は「ものくれ婆さん」だったという。
昔は、乞食も田舎周りをしていたらしい。しかし、田舎の乞食は貰いが少なかったようだ。そんな彼等に母は大きな御握りをそっと持たせ、近くのお堂で休ませていたという。
母をよく知らない自分にとって、嬉しい話だった。
血は繋がっていないはずなのに、節子さんは畑で採れた野菜を皆に運ぶのを何よりの楽しみにしている。そんなことが出来るのが、何よりの幸福なんだという。
昔、閻魔堂の近くに「加藤のオババ」なる人が居たそうな。
飢饉の時に炊き出しをした話が何処かに残っていた。
祖先の一人だという。
嬉しいね。
雨の夜は色々なことを思い出す。