藪の中で

2015年12月06日 風の戯言


 久し振りに風雨が止み、空が少し明るくなった。

 風は冷たいけれど、山が俺を呼んでいる。

 小道は藪の中に消え、林は静かに瞑想している。

空海

2015年11月29日 風の戯言


 畑仕舞の済んだ庭の畑に氷雨が降り続いている。

 もう、12月になるんだな。

 「明治維新という過ち」以来池上彰、佐藤優の「新・戦争論」、「大世界史」、半藤一利の「もう一つの「幕末史」」を読んでいて「歴史」というものが少し判ってきたように思う。
 73歳を過ぎて、今更何を言うかバカヤロー!、って思いだけれど、またやっと・・・いや自分の人生で初めて少し本が読める世界に戻ってきた・・・そんな感じが嬉しい。

 今は高村薫の「空海」に浸り始めている。
 素直に宗教が信じられず、曹洞宗に何かを感じていたのだが、「空海」を読みつつ真言の世界がチラチラし始めている。

 言葉にならぬ世界を、やはりその世界を一人でも多くの人達の救いにするためには「言葉」が必要なのだろう。

 ただ、その言葉の真意は人には伝わりにくい。
 言葉に「嘘」の多い人達には、何も伝わらない。

 「修行」という言葉は深くて重そうだ。

 親は何で「修」なんて名前をつけたのだ ????

おぼろ月

2015年11月25日 風の戯言


 23日、会社で書類整理をしていたら「社長、今日は勤労感謝の日です。仕事をしてはいけません」と出社していた社員に窘められた。「お前はどうするのだ?」と言ったら「俺はいいんです!」。
 理屈の通らぬ話だが、丁度良い口実になった。

 家に帰ると畑仕舞の済んだ庭に朧月がかかっていた。

 ここは当然、酒を飲むべきだ。

 平安装束にでも身を包み、和歌でも詠みながら朱の盃で酒を飲んでいたら絵になるのかも知れなかったが、どうも寒くなって風邪でもひいたらしい。

 そう言えば暦の上では23日は「小雪」だった。

 今日は親代わりだった秋雄兄の命日。
 時が去って行く。
 

エコ・エネルギー情報交換会

2015年11月15日 風の戯言


 エコ・エネルギーの重要性が叫ばれています。

 この美しき浜辺の町は、石油発祥の地であり、現在も天然ガスが採掘され、世界一の原子力発電所を抱えています。
 柏崎は「エネルギーの町」として、次世代の「エコ・エネルギー」は興味ある、かつ責任ある課題であります。
 柏崎から次世代エネルギーの研究がスタート出来ないのだろうか、と考えています。
 柏崎の自然からエネルギーを貰える方法はないのだろうか?
 「日本海」からエネルギーを汲み出す方法はないのだろうか ?

次世代のエネルギーが自然の中から貰えるようになれば、資源を巡る争いも少なくなる、面白い課題です。

 なんて目論見で「エネルギー研究発表・情報交換会」を仕掛けている。
 14日土曜日は展示品や資料をもらいに片貝に行ってきた。
 「おぢや風船一揆」のリーダー格で、佐賀の国際大会から戻ったばかりだという。

 話し始めると昔話から未来の夢にまで拡がり、時間が幾ら合っても足りなくなる楽しい中間で、奥方の蕎麦までご馳走になってきた。
 奥さんも気球のパイロットで思い出話に加わり、俺が忘れていた話までしてくれた。
 そう言えば、何回目の大会だったか、女性パイロットが一人で飛び立ち、山の中の木に引っかかり行方不明に近くなったことがあった。
 警察への捜査願いではラチがあかず、3人の県会議員を動かし、禁じられていた県警のヘリコプターの夜間飛行を強行して貰い、一人の命が救われたことがあった。

 忘れていた。
 凄い形相だったらしい。アッハハハ だね。

 俺は何か多くのことを忘れていたようだ。
 そう言えば、いろんな事をやり過ぎて、忘れてしまっていた事もあるのだろうけれど、みんなは記憶の何処かに大切に仕舞っておいてくれたのだね。

 自分が何ものかであるのかも忘れていたようだ。
 

鳥海山

2015年11月12日 風の戯言


 今日は秋田県横手まで空出張。
 朝6時半から9時半帰宅まで、・・・だから15時間半。
 「若い者のには負けていられない」なんて意地になってみても73歳の準若手には疲れる。
 でも中身はなかったけれど、やはり野に行けレンゲ草、じゃなく「営業マン」だね、経営トップも常に現場の最先端で戦闘を積み上げないと単なる「バカトシヨリ」になってしまう。
 痛切な反省が重苦しく、また爽快でもある。

 由利本荘で2時間半の電車待ち時間が出来たので、海岸を覧にタクシーを飛ばした。寒中、裸で神輿を担ぎ石段を駆け上がる丘を覧たり、遠く鳥海山を眺めたり、およそ退屈を知らない人間の幸せを楽しんできた。

 さて、明日からまた戦闘態勢を整えて突撃だぁ・・・。