黄砂舞う日々

2007年04月02日 風の戯言


 黄砂の降る音が聞こえるほど山も霞んでいる。
 中国大陸、モンゴルの砂漠から飛んでくる。ロマンだなぁ。
 犬の散歩しながら黄砂の見物する。思いを中国に馳せている内に半藤一利の昭和史や文春4月号の小倉庫次侍従日記や鹿島昇の怪しげな解説本を思い出してしまった。失敗の本質、山本七平の「空気」なんてのを頭の中をごちゃ混ぜにしてガラガラポンすれば昭和史と言う上から下まで無責任な当時の日本の姿、いや立派な遺伝子のために現在もこの渡世を見えなくしている無責任な迎合社会が見えてくる。
 右翼はテロをしなくなったし、左翼は火炎瓶を置き忘れてきている。「わるうござんした!」と腹を切るやつもいなくなって、世の中みんな植木等になってしまった。

 夢や希望、ナンテ言葉はもう死語になり、言葉に命を賭ける情熱が失われた。

 恥知らずがボリューム一杯に上げて、自分でも信じていないことを山に説教している。

 言葉が行動から遊離し、誰も信じていないことをテレビも役人も虚ろな目で単調な言葉で吐き出している。

 何かおかしいぞ?
 大きな地震が来る前に、日本人は狂うのだそうだ。石黒耀の本にそんなことが書いてあった。日本の社会変動は地震のパワーで起して、てぇへんだーって人間が後からついてくる。ええじゃないか、ええじゃないかと騒ぎ出す?

 下天は夢ぞ、ただ狂へ! 誰が言っていたかな・・・

 写真は4月1日午後
 八石山が黄砂で霞んでいる。これもまたいい風景。