土徳の会
写真はミコちゃんから貰った鎌ヶ谷の菜の花、いいね!
千葉はもう春なのか!
今日は阿部松夫先生の「土徳の会」にお招きいただき、寄せて戴いた。
講師というより座談の主みたいなのは得意とするところ。
コンサルタントの五十嵐英憲さんの「MZ法」(真面目な雑談)は経営のコミュニケーション法だけど、同好の士の集まりでも最適だ。
敬愛する故越後タイムス吉田昭一さんに「座談の名手」と煽てられ、その気になってしまっている。
調子に乗ってしまい、予定期間を1時間もオーバーしてしまった。
皆さんのお陰で、多少自閉症気味で冬眠しそこなったクマみたいな生活だったので、楽しい時間になった。感謝!
転話。
何か動機が不純な衆議院解散総選挙で、寒冷大雪と年度末の季節。ご苦労なこった。
記者会見を聴いていて、「私が、高市早苗が・・・」というフレーズが多過ぎ、典型的な馬鹿なエライ女の話し方になっている。嫌いだね。
だいたい、意気込み過ぎて顔が引きつっている。
また余計なこと書いてしまった。
正直、今の時代、国の「幸せの方程式」の解は容易ではない。
トランプみたいに錯乱した国家元首を戴かざるを得ない国の意識ある国民は災難だ。
災難に遭うときには遭いなさるがよろしかろう。
呆ける時には呆けなさるがよろしかろう。
とも言ってられないんだけど・・・・。
職業とAI,そして哲学
写真は南下の溜池
雪がないの確かめて、池の周りを散歩してきた。
やはり「同好の士」いるもので、晴れている間に大急ぎの散歩になった。
哲学。
宗教とは「哲学の打ち止め」なんて偏見を持っている、なに、疑問符を並べていくと「死んだ方が正解」になりかねない。
だから、疑問の連続は健康に良くない。
ただ現在、「幸せの方程式」には自分で設定した「変数」が必要になる。
その「変数」は御呪いでは確定せず、考え抜いて設定する、いわゆる哲学が必要になる。
まして資本主義の末期みたいな現代の会社では、経営者が自ら考え抜いた変数⇒哲学を社員にまで納得させられるか?
会社の根幹でもあるので、トランプみたいなやり方でなく、納得して貰うまで説き続けなくてはならない。
以前、ある工科大学の学長が「これからは哲学が必要だ」と言っていた。
自分の職業を守っていくときに、「俺は何もの?」「何の為に働いているのか?」自分の答えを持っていないと風になってしまう。
その上で、「誠心誠意自分の職業に尽くす」それが職業奉仕だと思う。
自分の仕事が「天職」だと感じられる瞬間って、どんな仕事でもいいもんだ。
そして今、AIの活用が叫ばれている。
だけどAIは道具でしかない。
それとどう付き合うか?
これも「幸せの方程式」が必要になる。
ハクチョウたち
安田駅裏、というか明神沖の田圃にハクチョウたち休んでいる。
午前中はもう少し多かったけれど、夕方になって一家族だけになったようだ。
休んでいても、誰か一人見張りを続けている。
長い距離を、シベリアから飛んできた家族の安全を守る為に気を休める訳には行かないのだろう。
話は変わる。
コロナ以後仕事にも付けず、数十万円のアパート代を払えず、退去させられ自暴自棄になって人を殺した事件が起きたという。
何となく辛い話で、横浜時代を思い出す。
アパート代を滞納し、追い出された友人がいた。
九州に帰る金もなく、泊まるところもなく空き地のヒューム管の中で寝ていたという。
夏休みで柏崎から帰って俺の部屋の明かりが灯るのを、毎日待ち続けていたという。
横浜に帰るとと、彼は泣き乍ら部屋に飛び込んで来た。
部屋といっても東横線菊名駅の近く、昔質屋を営んでいた家の倉庫の2階。
背を伸ばせば梁に頭が当たる様な、窓に格子が嵌った部屋だったけど・・・。
施設で育ち、親も判らない小柄な男もこの部屋に居ついた。
綱島の三畳の部屋には岡山の歌手志望の井上も、湘南富岡に借りた部屋には九州から兄が帰って来た。
訪ねてきた姉が大笑い。お金もないのに何時も居候が居たね、と。
六角橋の部屋は総ベニヤ造りで灯りの無い廊下を通って8畳の部屋だった。
隣りの部屋の子供たちが遊びに来て「お兄ちゃんの部屋広いねー!」
隣りは6畳に親子5人が暮らしていた。
あの子たち、今どうしているんだろう?
遠い遠い昔の話だ。







