神と愛と命
ノーベル賞まで貰ったハン・ガンの価値、というか意味が解らない。
解説を書いている平野啓一郎は「奇跡的傑作」という。
小説の世界では「浅田次郎」一筋みたいなところがあるので、無理だ。
家に閉じ籠っていたら、キリスト教一派の「営業」が俺を洗脳しに来た。
神とか愛とかブツブツ言っていたが「間に合っています」と帰って貰った。
俺には「愛」なんて分からない。
洋画を観ていると、やたら「愛してる」なんてバカな話をしている。
そんな言葉一つで「許し、受け入れられる」としたら、命なんてなんだ?
今日は立春、天気予報は明日から大荒れだという。
さっき、その先触れみたいな風が吹いた。
昔、冬になると八石山が何日も咆え続けた。
ゴオー・ゴオー と。
電気は止まり、囲炉裏の火だけが命だったような気がする。
節子の節分は、昔から2月3日。
さっき、彼女の部屋の窓から、会社で貰った豆撒いてきた。
「フクハウチ!、フクハウチ!、フクハウチ!」
写真は堀の交差賂から立春の米山。
高橋 衛さん逝く
高橋衛さんが逝った。
享年81歳。
ビジネスの仇であり、ビジネスの恩人であり、会社の顧問について貰った人であり、代え難い友人であった。
創風システムがインターネットプロバイダーになれたのは、彼の力による。
新潟NECの当時の高木社長との面談がうまく行かず、多分モノ凄い形相で社長室から出て来たら、彼がいた。
「インターネットだろう?」「なんで判る?」「顔に書いてあらぁ!」
当時、NECの新潟支店でも長岡支店でもプロバイダーには躊躇していた。
そこに、いきなりパソコン通信しかやってない会社が手を上げたので、判断出来なかったのが実情だろう。
結局、彼が新潟NEC、新潟支店長岡支店、東京の本社長尾部長まで説得してくれ、この途方もない計画は実現出来た。
それより以前、OKIを担ぎ、柏崎にCATVを構想した時には見事に叩き潰された。
一軒当たりの費用はOKIがNECの3分の1だった、にも拘わらず、だ。
考えてみれば、NECの企業城下町でOKIを担ぐ方がどうかしている。
ただ、あの時はパソコン通信料金を下げる為だったら何でもするつもりだった。
美しき社員のお父さん、彼は「パソコン村」の生みの親でもあるけれど、から電話があった。
「何とかしてくれ! **子の電話料が月額15万円を超えているんだ!」
御冥福を祈る。