小さな偽善の記憶
ノートルダム清心女子学園元理事長 渡辺和子さんの本を時折開いている。
中村元「真理のことば」とごちゃ混ぜになって頭の中が整理できていない。
「置かれた場所で咲きなさい」に「冬がきたら」という坂村真民の詩がある。
冬がきたら
冬だけが持つ
深さときびしさと、静けさをしろう
冬は・・・
孤独な私に与えられた宝の壺である
自分はまだ78歳の若造だが、こんな言葉もある。
老いは悲しいことばかりではない。
人間関係を「量から質」に変え
自分を豊かにすることができる。
人間は、全てのものがそうであるように命がある。
人は生まれ、葉を伸ばし、花が咲き、やがて枯れる。
足がもつれ、言葉がもつれ、病に倒れ、やがて枯れてゆく。
死は哀しいことではなく、生が完成して、再び自由になる日なのだと思う。
葬式の時、皆が悲しい顔をするのは死者に対する思いやりであり
みんなが嬉しそうに笑っていると、死者が「ムカッ」としてまた生き返ったら、話がややこしくなるからだ。
鳥の轢き逃げ事故
土曜日の朝、鳥越の曲がり角で「トンビ」が飛び込んで来て車にぶつかり、草むらに弾かれていった。
一瞬のことでもあり、俺は逃げた。
坂道で石がボンネットに落ち、ビックリしたことはあったが、鳥が飛び込み自殺を図ったのは初めて。
後で事件の現場に戻り、草むらを探したが「トンビ」はいなかった。
無事生き延びてくれたのかと胸を撫で下ろしたけど、何か不吉な前兆でなければと願っている。
ムジナやイタチは車のライトを見ると道の真ん中で止まるけど、鳥は身をかわす筈なんだが・・・