小さな偽善の記憶

2020.08.09 風の戯言

ノートルダム清心女子学園元理事長 渡辺和子さんの本を時折開いている。

中村元「真理のことば」とごちゃ混ぜになって頭の中が整理できていない。

「置かれた場所で咲きなさい」に「冬がきたら」という坂村真民の詩がある。

  冬がきたら
   冬だけが持つ
    深さときびしさと、静けさをしろう

     冬は・・・
      孤独な私に与えられた宝の壺である

自分はまだ78歳の若造だが、こんな言葉もある。

  老いは悲しいことばかりではない。
   人間関係を「量から質」に変え
    自分を豊かにすることができる。

人間は、全てのものがそうであるように命がある。
  人は生まれ、葉を伸ばし、花が咲き、やがて枯れる。
    足がもつれ、言葉がもつれ、病に倒れ、やがて枯れてゆく。
      死は哀しいことではなく、生が完成して、再び自由になる日なのだと思う。

葬式の時、皆が悲しい顔をするのは死者に対する思いやりであり
  みんなが嬉しそうに笑っていると、死者が「ムカッ」としてまた生き返ったら、話がややこしくなるからだ。

立秋を過ぎて

2020.08.08 風の戯言

庭にこんな風景もある。

普通の年ならば、お盆を過ぎて夜風が涼しくなるのだが、今年は少し寒いくらい。

と言っても、上半身裸で生活しているのたが・・・。

明日は立秋

2020.08.06 風の戯言

スズメ達が来なくなった。
窓ガラスからエサを強請っていた懐っこさはどこに消えてしまったのか。
スズメ達の都合もあるのだろうが、ちょっと寂しい。

明日は立秋

一年が過ぎてゆく。

梅雨の出口、夏の入口

2020.08.03 風の戯言

早朝、鯖石川を散歩すれば八石に霧が流れ、黒姫山は薄いベールを風に靡かせている。

何て名前の山だっけ、バリ島の山の風景を思い出す。