蜘蛛の糸
畑の柿が色づき胡瓜は枯れ、ゴウヤの実も小さくなり、ミニトマトはひび割れ始めた。マリーゴールドはこんな季節にも花をいっぱい付け、バラも秋の陽を受けて支えきれないほどの真紅の花を咲かせている。
前の公園の公孫樹の葉も黄色に染まり、静に秋が歩いてくる。ふと、蜘蛛の巣に目が行った。写真を見ながら、久し振りに芥川の「蜘蛛の糸」を思い出した。一番好きなのは「芋粥」。東京での夢破れ、途方もない挫折感の中で、俺をふるさとに引き戻したのは兄貴の一言と「芋粥」だった。柏崎に俺の生きる場所を示して貰った一瞬だったと思う。
相変わらず休日は経営品質申請書の取り纏めに費やしている。遊び不足のストレスが脳の動きを鈍らせ、思うように言葉が出てこない。これじゃホントの痴呆症になってしまう。
提出までもう3週間。卒業論文? いや新たな出発点とすべく納得行くまでプランを練り、社内で幾つかの会議を重ね、みんなの思いを積み重ねて行きたい。新たな戦略ではなく、今までやってきたことの意味を振り返り、再認識するだけで創風はトンでもなく強くなるはずだ。
全く無関係で脈絡もない話だが、最近の北朝鮮の金正日親分の写真を見ていて隆慶一郎の『影武者徳川家康』を思い出した。関が原で家康は死に、本多忠勝が影武者の二郎三郎を身代わりにすることを秀忠、本多正信、井伊直政、榊原康政に伝え、徳川幕府を永らえさせた。歴史小説とは言え歴史の隙間を摘み合わせてな並び替えれば、全く新しい東海一ま弓取り像が復活する。信じたくなるほどの歴史の虚構の舞台解釈に酔ってしまった。
本物のことはと思えないほど紀州家、尾張家、水戸家等の跡継ぎ達はみな不思議と若かった。或いはホントの話だ、かも?
こんな話で一杯飲みたいネェ・・・。
もう、秋・・・か!
10月1日-3日をかけてISO27000とISO9000のと更新と継続審査が無事に終わった。みんなの頑張りに感謝したい。
今度は俺の番、新潟県経営品質賞の申請書をスタッフと纏めている。過去を振り返り、理想的な姿を構想し、現在との落差を課題として改革項目を整理している。思考を集中させる時間は休日しかなく、気力と体力と知力?が尽きかけた身としてはきつい。ただ、これをやらなければ俺は何時までも自由の身にならない・・・もう少し・・・もう少し・・・。
そんな今日は素晴らしい秋晴れ。
ぶどう村に続く与板林道を女房に引き摺られながら小一時間歩いた。明日も晴れていたらクタクタになるまで歩いてみたい。前身が土方のせいかアタマ使うより身体使っていた方が気分が楽チン。深く考えないで直情的な行動が目立つ為トラブルも覆いのだが・・・軽佻浮薄は身についた苔みたいなもので今更どうしようもない。B型人間の標準サンプル?
秋の刈入も殆ど終わり・・・何かの都合で何時までも刈り取りが出来ない田圃もあるのだが・・・今年も庭の金木犀が香気を放ち始めた。子供の頃は農家の脱穀機の音と重なっていた。
最近はなかなか本も読めない。長谷川幸洋の「完了との死闘700日」は面白かったが高橋洋一の「さらば財務省!」は進まない。「過去官僚」なんてどうでも良くなってきているようだ。
世界中に拡大している金融危機はどうなるんだろう。考えてどうにかなるもんでもないが、どんな未来が待っているんだろう。勝手にしゃがれ! だが嫌な予感がする。
チェ・ジウの水 Vana H を見に行く
糖尿病が治る、癌が治るかもしれない、と言う話を聞いてチェ・ジウの水「Vana H」を見に行ってきた。
正直言えば人に奨められて、この疲れ易いボロ雑巾のような身体が少しでも楽になれば、と思い、もう少し前から使い始めてている。
週2回のマッサージと毎日2種類のサプリメントと6種類の薬と睡眠薬と養命酒、三度の食事と週1回の散歩、そして天然水素水、これで漸く人並みの健康を維持している。
だから、この水はひょっとしたら俺にとって救いの水になるのかも知れない。だけど、只の水がそんなにも効くのだろうか?
社長の講演を聞いていて、このタイプの人に何処かで会った記憶がある。誰だったか思い出せない。
しかしまた、偶然も良いところで週刊新潮に「怪しい天然水素水」が掲載されていた。記事に間違いはなさそうだ。
説明会の疑問点は二つある。効果の問題と仕掛けの問題。効果の証明としての「臨床データ」がまだ少ないこと。理論的には「?」のところが多い。仕掛けとしては2011年10月に一部上場の予定で、それまでに5000人の株主が必要とのこと。それで、公開されれば、多分とんでもない初値がつくだろう、という説明。うーん、欲が理性を邪魔していく。慎重な自己判断、というか資料とデータの解析をしてみたい。
26日は新潟工科大学の「大学開放」。安田浩東京電気大学教授の講演には間に合わなかったが宮沢教授の研究室と懇親会でじっくりと話を聞くことが出来た。「JPEG」「MPEG」の開発者で、やっぱり本物の学者は人間味が違うと感じた。 師曰く「大学の研究室に企業の人が訪れ、学生に質問する、それが学生にとってとても大きな励みになる。それが教育」、と。何となく嬉しくなった。