感情の哲学入門講座
近代哲学は認識論中心、人間の理性を重視し、感情をそれよりも劣ったものとしてきた。
しかし感情を理解する事なしに人間や社会を理解することは不可能、だという。
感情爆発に振り回される自分にとって、自分の正当性を訴える為にはこの論点が何より必要だ。
「直観的推論」が案外当たっていことが多い。ヒューレステックと呼ばれる感性の不思議。
整理できていない情報が脳の中で、彼らの命の動きで、説明できないけれど「当り!」の推論が案外役に立つ。
時代が追い付いてきたぞ。
散歩道の鯖石橋から見た黒姫山。
堤防の野焼きが終わって、川柳の柔らかい緑が奇麗だ。
わき道に逸れるが、シンギュラリティの話をしていて2045年には人間は死ななくてよくなるという説がある。
人間は死ぬことができるから幸せなんだが、それが無しになったら・・・
神道では人か死ねば神になる。
善悪もなく神になる。
神域のピリッとした空気が好きだ。
チトセさん74回目命日
昨日は母親の74回目の命日。
5歳の吾子を残して旅立った哀しさは如何許りだったのか。
墓参りに行って来たが、あの時の子供が、手の付けられぬ与太者になっていて、嬉しかったか、哀しかったか?
娘がおばぁちゃんへと花束を用意してくれた。
お墓に合わないようだけど、母が若いころ横浜のフィリスに居たというから喜んでくれたかもしれない。
あの世の住人たちが「ぎっとだねぇ」笑いこけているかもしれない。
何となく嬉しい夕方のお参りだった。
昔、各集落には火葬場があり、「焼き場」と呼んでいた。
みんなここから煙になって天に昇って、今も子供たちを見守っているのだろう。
「ほら、危ないからそっちに行っちゃだめだよ」なんて言いながら。
時は流れ続け、微かな思いで包まれたような一瞬だけでも嬉しかった
お墓参りの足で岩野の八彦神社を見に行って来た。
冬の大雪でご神木の枝が折れ社の屋根を壊してしまっていた。
どうしよう?
写真を撮っていたら、木立の陰から突如「重助どん」が表れ、いろいろ話したけれど解決策なし。
氏子が4件しかなくなったという。
大変だ。