蚊帳の外
夜も暑くて、夕涼みなんて洒落ていられなくなった。
毎日、庭に出ては星空を眺めているけれど、不思議なことに虫がやってこない。
虫がいなくなったら、蛙もいなくなった。
久し振りに、腹を空かせた雨蛙が足下で餌を強請っていたけれど、俺は虫けらだけど虫じゃない。
畑にゃなんかあるだろう、と虫に食われた野菜の葉っぱに乗せてやった。
蛙がいなくなったら蛇がいなくなった。
山はどうなっているのか、最近は道路にへばっている動物たちの死骸も少なくなった。
夏の夕暮れに近くの山を波のように伝わって行く蝉の声も聞かなくなった。
家の畑は油蝉の産地だったのが、いつの間にか空蝉のカラも見なくなった。
木まで変わりかけ、無花果の葉が枯れ始め、柘植の葉も黄色くなっている。
今まで見たこともない姿だけれど、何が始まっているのだろう。
何とかなるさ、自然だもの。とは言うけど、何とかうまく行くのかなぁ・・・。
踊り出す星たち
どうやら地球は気が狂ったようだ。
長い間にはいろいろな変動があるのだろう。
突発性なのか、大きなうねりの中の変動幅の範囲なのか、多分大きな変動の兆候なのだろう。
ただ、変動が大きいとその反動も大きいということ。
先を心配しすぎるかも知れないが、天気様、どうぞ手加減してして欲しい。
晴天が続くお陰で、夜星を見る日が増えた。
庭の壊れかけたリクライニング・チェアで夜空を眺めているのが好きだ。
座っていると、だんだんケツが落ちてくる。
倅が、余りに「ミジョゲ」に思ったのか新しいチェアを送ってくれた。
10時を過ぎると南南東の方向に赤く輝く火星が見える。
真上にある星は何だろう ?
あの星から蜘蛛の糸が降りてくるような気がする。
俺はカンダタか ?
じっと見ていると、星が踊り出す。
星空も捨てたもんじゃ無い。
結愛地蔵
3月、東京都目黒区で起きた僅か5歳児の虐待死のニュースが頭から去らない。
人生はいろいろあるが、親からろくな食事も与えられず、凍り付く夜に外に出されてシモヤケになり生きた5歳の命。
結愛という女の子の、可愛い笑顔の写真とノートに書き残された「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」という幼子の叫びが心を搔き毟る。
自分の子供の頃にはそんなことは無かったはずだし、何か縁のある子でも無い。
何もすることが出来ず、ただ祈るしか無いというのも切ない話だった。
ふと思いつき、小さなお地蔵さんを手配し、近くの周広院に納めさせて貰った。
住職(東堂)は門の所にある「子安地蔵(観音)」の前を選んで、そこに安置してくれた。
俺は勝手に「結愛地蔵」と名付けている。
手を合わせるところがあるというのは、人の心を安らげる。