ロバート・ケネディー
植木治療院で2週間ぶりのハリして貰ったら少し真人間に戻った。
1週間分は予防針、もう1週間分は治療になる。
健康管理に「ハリ」を打つのもどうかと思うが、今のところ「これが最適!」
NETFLIXの「ロバート・ケネディー」に嵌ってしまい、夜遅くまで釘付け。
自信に満ちた「ジョン」の眼ではなく、「エドワード」の様な3男坊の呑気な目ではない。
悲しげで、自分を支えるモノを必死に手探りしている「人間の眼」と言えばいいのか?
そして時には傲慢なほど自信に溢れている「人間の両面性」
そんなロバートが好きだったけれど1968年6月6日凶弾に倒れた。
1968年は、卒論に夢中になり、期末試験を忘れて卒業アウトになった年。
でも、あの卒論で掴んだものが今も俺の中を駆け巡っている。
終戦記念日
「終戦」がいいのか、「敗戦」がいいのか、今も揺らいでいる。
現実を見るとアメリカに負けた「敗戦」が正し様に思う。
ただ、敗戦の混乱の中で未来を見詰めた「終戦」を選んだことは「正しい」。
あの戦争は何のために始めたのだ?
日本が「戦争の正義」に掲げたものは何だったのだろう?
日本中で、我が子を「戦場に送り出した。
何故「死んでこい」と同胞や子供たちを戦地に送り事が出来たのだろう?
保坂正康のいう「真正保守」、もう一度考えるのも大切のように思う。
外は30度を超える暑さとお盆の最終日。
NETFLIXの「地面師たち」を一気見した。
欲に駆られて、何かを見失ってゆく、ある意味幸せな人達。
人は何故もっとシンプルに生きられないのか?
日本沈没
東海トラフやガットリング砲みたいな台風のニュースを見ていると頭が飛ぶ。
NETFLIXで、久し振りに「日本沈没」を通して観た。
お盆で、要はヒマナンデス。
荒唐無稽ではあるけれど、いくつかのプレートがせめぎ合い、スロースリップが観測され始めた現代、まるっきりの漫画ではなさそうだ。
地球だって生き物だもの。
しかも、直径12,756キロメートルの地表は薄い桃の皮程度しかない。
マグマが暴れ出せばどうなるか、バカでも分かる。
色即是空。
あ、お盆だった。
お世話になった人が多く、お墓参りも一日では廻り切れない。
女房がどうでも一緒に入るからと建直した墓は、まだ未入居。
花でも上げておくか。
新潟産業大学付属高校、甲子園出の第2戦、敗れる。
負けた方が、次に向かってのファイトが沸く。
頑張れ!