謹賀新年
年末ジャンボ 10億円が当たらなかったので暫く冬眠する。
元日なのに家から一歩も出ず、引籠りの痴呆症を続けている。
節子と二人だけのお正月。
今日も静かな時が流れて行く。
D・キーンの本を読んでいて、フッと思ったのだけれど、過去の日本に流れていた時間と今の時間は意味いや長さが違っていたのではないか?
ホテッチョ向いて走り続けていた自分は、文字通り「時間を忘れて」いたのかも知れない。
84歳の新年にそんなことを思いついている自分は幸せなのかも知れないね。
雪も天気予報程ではなく、雪景色を楽しんでいる。
ただ散歩に出れない。
玄関から道路までの雪道を付けてないのだ。
山茶花の咲く家
「日本の文学」D・キーン 吉田健一訳 中央公論新社
先日、ドナルド・キーンセンターに年末の挨拶に行き,真理さんは不在だったけど、文庫本一冊買い求めて来た。
最近、文化とか文学が何のこんだやら理解できなくなっている。
訳者の吉田健一は吉田茂の長男で、親父が総理大臣の時、国会議事堂の前で乞食をしたという、もう飛び上るほどの「伝説」をもつ嬉しい「ワサコキ!」
この人の翻訳・解説ならばD・キーンの「日本の文学」は読み切らねばならない。そう感じた。
久し振りにシャッキとしている。
庭の山茶花が咲き始めた。
いろんな人がやって来る。秋雄医者ドン、愛子ねちゃん、せっちゃん・・・
偉大な無神論者であり、敬虔なる禅の信者であり、鯖石の小さな山と谷に神が棲むと信ずる者だけど、
時折、この谷の神々が俺を守っていてくれる、そう感じる時がある。
人生を踏み外しそうになり、仏に導かれ、曲がり曲がり生きている。
何度か運転を誤り、死んでも不思議なのない事故も、神に守られていた。
水の事故も、一度や二度ではない不思議な縁で命を繋いでいる。
大晦日が近づいていた。





