永遠のゼロ

2013年08月15日 風の戯言


 子や孫達がみんな帰り、又静かな時間が戻ってきた。
 庭に出て、星空を眺めていると「懐かしい気分」に満たされてくる。この「懐かしい気分」は一体何なのだろう。

 雲や、見慣れた風景が急に何か「懐かしさ」で迫ってくる。お呼びが近いのか、と思ったがそうではなさそうだ。

 百田尚樹の「永遠のゼロ」を読み始めている。
 この人の本は何冊か読んでいるが、改めて著作全部に目を通したくなった。取材力と構成力、この人の小説は面白い。

 秋が近づいていた。
 暦の上では7日が立秋なのに、今この真夏の暑さの中で稲が穂ばらみ刈り入れの近いことを知らせている。
 安田では来週あたりから始まるのかも知れない。

 頭の季節感が、少し現実の季節が近づいている。

 8月15日
 様々な思いの夏。

明日は8月15日

2013年08月14日 風の戯言


 日常から解き放たれて浮遊状態を楽しんでいる。
 写真は8号線柿崎の街路樹。1本だけ綺麗な花を付けていた。少し赤みが濃いサルスベリ?
 「名前のない草はない」と昭和天皇は仰せに成られているが、国家元首の言葉として重みがある。

 明日は終戦記念日、無条件降伏をしたのだから「敗戦」なのだろうが「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」天皇と国民が一糸乱れずに終戦の詔を受け入れたのはやはり日本国という国は凄い国だと思う。
 3歳の時の「敗戦」だったが、「アメリカ軍が雷のようなモノに乗って鯖石街道を更新して来、見つかり次第日本人は殺される」のだとひそひそと話していた祖父、親父、兄姉たちの姿を今も記憶の底に仕舞っている。

 尖閣諸島や竹島を巡る中国、韓国の出方には憤りを感じるが、国家の領土問題は最重要課題ではあるけれど、一国民の素人考えではあるけれど、もう少しやり方があるように思う。

 13日、そんなことを考えながら明け方の夜空を眺めている内に、庭のデッキチェアで朝方まで眠ってしまった。
 
 久し振りにそんな時間を楽しんでいる。

お盆

2013年08月13日 風の戯言


 いくらお盆だからと言って、自分の墓参りというのは些かシックリと来ない。
 しかし木の墓も見慣れてくると何となく落ち着きが出てくる。 見慣れる・・・女房も同じことなんかな。

 子供達や孫達が集まり「お盆休み」を楽しんでいる。
 嬉しそうに世話を焼いている女房の姿を見ていると、子供や孫というのはやはり「母親」のものなんだな、つくづくと思う。

 自分の時間軸がズレていて、季節感も狂い始めている。
 今更のことだが、「真夏」の感覚が薄い、のではなく鈍いのだ。どっかで「芯」がとんでいるのかも知れない。

 ジックリと「真夏」を味わいたいと思っている。

空蝉

2013年08月11日 風の戯言


 お盆前に半期が過ぎ、文字通り「空蝉」になっている。

 「やるだけやったら、後は天にまかせる」・・・。
 不思議な安らぎの中を漂っている。

 昨日は建設業時代の現場を彷徨ってきた。
 一丁前に、込み上げてくるモノを押さえ込みながら、懐かしい風景と工事の思い出に浸ってきた。
 荻乃島では、一緒に仕事をしていた「又七のかぁちゃん」に出会い、一頻り昔話を楽しんできた。

 今年も庭に「アブラセミ」がいっぱい羽化し? 抜け殻と、生き尽くした蝉が落ちていて、拾い集めて供養しようと思っている。どう見ても他人事ではない。

 夜には庭で星空を見ながら空蝉になって痴呆症を楽しんでいる。

 遙かな宇宙と、虫刺され・・・。

野辺の花畑

2013年08月08日 風の戯言


 お盆休みが目の前に迫っている。

 遅まきながら、少額ながら、夏の賞与を支給できることに嬉しさと悔しさがゴチャ混ぜになっている。

 消費税の問題、国内経済の動向、国際経済環境のハチャメチャな動き・・・頑張るより外ないのだけれど・・・。

 今夜は久し振りに建設業時代の仲間と酒を飲んだ。
 2人とも大企業の会長だけれど、若い時に一緒に苦労した仲間は何時まで絶っても「仲間」。
 嬉しい、本当に嬉しい、いい時間だった。

 前の庭の花が咲いている。