痩せガエル

2023.07.13 風の戯言

玄関の灯りを目がけてアマガエルが寄ってくる。
今年はみんな小さく、ちょっと可哀そう。

考えてみれば防虫剤、除草剤を撒いていれば自然は悲鳴を上げているのだろう。

蛙は食事にことを欠いている、という事か!

昔は各部落に幾つかの「誘蛾灯」あった。
田圃の虫をその光に集めて、後でやっつけようという仕掛け。

だがガキ共にとって、夜明るいところはそこだけ。
蛾や虫に刺されながら、悪童どものマツリになった。
ムシもカエルも蛇も、俺たちも集まってきていた。

痩せガエル

2023.07.11 風の戯言

鯖石の橋を照らすライトに集まる虫を目がけて蛙が集まっている。
橋の高欄にへばりついて朝が来たのも忘れている。
「昨日も餌になる虫が少なかったなぁ」・・・ボヤキが聞こえてくる。

部屋の窓の下には、時間になるとスズメが集まってくる。
巣立ったばかりの子だか孫だかが、母親に餌を強請っている。
可愛いのは、餌をもらった嬉しさを、羽をゆすって母に甘える仕草を見せること。

一羽一羽、話かけたいのだが、彼らはスマホを持っていない。
名前と顔が解らない。
俺もボケたかなぁ・・・。

The Days

2023.07.10 風の戯言

Fukushima 50 と同じ原作「死の淵を見た男」門田隆将-のテレビドラマ。
久振りにNetflixを覗き見している。
Fukushima50と比べるとやはり映画の方がいい。
テレビドラマは作り方、目的が違うのだろう。

先週は3.11の時、現場の所長だったという人と飲んだ。
詳しい話は、遉に聴き難かったが、あんな現場を経験してきた人は魅力的だ。

Chat GPTの時代は「経験の差」だという。
信頼できるのは自分の体験を経て得た知識しか、正しいとは言えなくなる。

「誠実に生きたか、どうか」
その自分に対する信頼があれば養老孟司の言う「10月の蝉」になれるのだろうと思う。

写真は「南下の溜池」にて
池の脇は少しは涼しいかと思ったが、風は通らず暑さに変わりはなかった。

森近 湯の沢

2023.07.09 風の戯言

散歩が山の沢に足が向くようになってきた。
子供の頃何回か訪れた記憶がある、森近の湯の沢。
昔、ここの湯屋があったという。

藪蚊に刺されながら、こんなところに足を向けるのもいい。

赤い靴

2023.07.08 風の戯言

テレビから「赤い靴」のメロディが流れていた。
横浜にいて、山下公園や港の見える丘公園が好きでよく行った。

名前を教えてもらえなかった「絵描き」さんと山下公園で夜通し話していたこともあった。
「赤い靴はいてた 女の子・・・」
野口雨情の詩は、日本の古い童謡は、なんて寂しくも豊かな詩情があるんだろう!

最近の若造の歌はなんだ、あれは!
ぐれたチンドン屋が団体で飛び跳ねている。
一人では唄えないからか、数多い方がコストが下がるからか?

安田の方から八石山を眺める。
山の中腹に霧が漂い、これが純粋な日本の写真ですよ!

夜になると「稲虫送り」太鼓の音が聞こえる。
 「送れや―、送れやー」と松明振り回しながら、鯖石川に落として流す。
   虫と共に生きてきた、ふるさとの虫送り行事。