節子 半回忌
半年が過ぎた。
ゆっくりと時が流れて行く。
市吉三郎さんの事
予報通り、春が来た。
昨日までの空が、嘘のように晴れている。
先日の風船一揆パーティーで市吉さん会った。
彼は、妻の葬儀にも駆け付けてくれた。
市吉さんとのお付き合いも、50年を超えることになる。
彼は日本の気球仲間で一番尊敬する人の一人。
日本気球連盟を設立しようと、京都の嶋本さんのもとに集まった7人のメンバーの一人。
日本が自作機だけの頃、イギリス・キャメロン社の気球を引っ提げていた。
「7」が好きだからと、彼の気球に「6」を譲り、「かぐや姫」は「JA-A-0007」になった。
今年50年目を迎える北海道・上士幌の最初の大会の時、彼は、目の前で150メートル位の上空から落ちて来た。
死んだと思った。
いや、降りたんだと彼は言った。
その後、イベレストを超えた時、墜落し雪渓を滑り落ちた先に日本の登山隊のキャンプがあり、救出されたという。
「いやー、ろっ骨が折れて肺に刺さってね、普通なら死んでたって、ねぇー、不思議だね」
もう、いい加減にして欲しい!
写真は25日の新道から黒姫を望む。
小千谷風船一揆
小千谷の風船一揆
来年は50種年になるのだそうだ。
いろんな事があった。
1.最初の頃、新潟の気球が渋海川に落ち、真冬に「水面が上に見えた」、よく死なないでいてくれた。
2.ジャイロで参加した空の仲間が墜落して死んだ。雪の少ない年で農道一杯の観客の目の前だった。祭り直前の会議で「自由参加なので、事故は自己責任」と決めていた。星野市長が葬儀に参列。
3.テストの気球がそのまま飛んでいき、山の中で見えなくなった。たまたま雪山で飲み明かしていた人たちがいて、林に引っかかったところを見ていた。県警のヘリで夜間救出して貰ったこともあった。ご主人は以来毎年奈良から駆け付けてくれている。
4.戯れに「酒屋に走れ!」。着地してから酒屋にゆき飲んだ酒の量を競うレース。夜のパーテ―で誰も表彰台に上れなかった。今は亡き高本さんの発案。
5.早春の風物詩「小粟田雪原まつり」に雪のない年があった。片貝浅原神社氏子の山村兄弟に「雪乞い」を頼み。二人は朝まで飲み続け「雪よ降れ 雪よ降れ」と願っていたら、朝本当に雪が降っていた。「石塚さーん、降ってる!」と泣き乍ら電話してきた。以来、片貝の人達、特にあの兄弟とは親戚以上のお付き合いを続けている。
いろいろな事があった。
今年は大雪のため飛べなかったという。
22日の歓迎パーテイだけ顔を出し、皆の顔を見て,ハグしてきた。
ジャイロで亡くなった方のご冥福を祈る。