熱暴走
何かの祟りで高熱に魘されている。
体温計は36度8分、平熱が35度4分だから結構キツい。
前兆はあった。
先週初めから鼻水が足下まで垂れ、インフルエンザの予防接種を受け、黒い『股引』を前後間違えて穿いてしまい、オシッコしようと思ったら大事なモノが無くなっていた。いゃー、ビックリしたね。
22日は久し振りに午前様になってしまい、昨日一日布団被っていたけど、オーバーランしてしまったらしい。
以後気をつけます。
ボーとした頭で「空海の風景」を途切れ途切れに読み続けている。それにしても、司馬遼太郎という作家の頭はどうなっているのか、ただ驚嘆有るのみ。ビックリだね。
宗教への疑問が少し解けて、又暗闇に溶け込んでしまった。
人は何故もっと簡単に回答を出せないのか、不思議だね。
突然、携帯のアラートが鳴り、西山、刈羽方面に大雨洪水警報が出て、避難勧告も出たようだ。雷が酷い。
『誤診祝い』
幸い、ホンの一時(いっとき)だったので積もりはしなかったけれど、八石山は白くなっていた。
夕方、柏?商工会議所70周年大会が催された。
講演は勝間和代氏の「エネルギーは食と同じく重要」なんてテーマの東電ドッコイショの講演。
知的女性特有の早口で何が言いたいのかシッチャカメッチャカの『お喋り』。本論を外れ、枝道から迷路に入り込み、慌てて戻る馬鹿丸出し。これで人を説得しようなんて、何考えているのだろう。
もっと真剣な議論が必要だ。
無駄な時間に嫌気がさし、その後のパーティで些か飲んでしまった。
途中で逃げ出し、友人の「誤診祝い」に駆けつける。
でも、8時台に代行に乗るなんて、石塚修も壊れてきたなぁ・・・
空海の風景
姉の葬儀も無事に終わり、久し振りに親族皆が集まり、賑やかな別れの会になった。間もなく、あの世で皆が又会えるのだろう。
「空海の風景」を読み直している。
身も蓋も無い言い方になるが、人は死ねば土に還る。
最近は骨だけになり、生きていた面影も無い。
自分の葬式はドンチャン騒ぎを企てているが、もう少し詳細な企画書を作成し、関係者と契約書を交わしておかなければならない。印鑑が大切なのだ。違反者が出た場合に供え、弁護士とも詰めておかなければならない。楽しみだね。
宗教が何故必要なのか、考え続けている。
午年なのに「イノシシ型」の自分には「慎重に」、とか「よく考えて」行動する事は皆無で、思いついた時にはもう動き出している。後ろには「悔悟の山」が聳えているが、時間は戻らない、ヤッチャツタら仕方が無い、終わったことはどうにもならない。明日は晴れているのかも知れない。そんなとこ。
宗教とはそんな単純なことでは無く、もっと深い意味があるのだろう。
だが、誰もそれを説明してくれない。
「有り難いお経」は一つの音楽であり、生き残った人達に勇気も知恵も伝えては居ないのでは無いか ?
空腹に耐えて、山道を歩くことでしか得られないものかも知れない。