ランちゃん、逝く

2011.06.08 風の戯言


 家族の中心だったランちゃんが逝った。
 2週間以上から水だけで生きてきて、昨日の夜には動けなくなっていた。
 前に飼っていたコロが死んで、思春期の娘の話し相手になってくれてから15年。家族の中心であり、家を守りぬいてきてくれた。ありがとう。
 いつでも家族の声が聞こえるようにと、コロの隣に埋めてやった。

日本の行方・・・

2011.06.05 風の戯言


 昨日の酒が少し時間をおいて効いてきた。
 歳と共に反応するのにタイムラグが発生しているようだ。
 早朝6時ころはすこぶる健康的で、一人「ぶどう村」を散歩し初夏の朝の空気を満喫してきたのだが…後はダメ !

 政治の方向性が揺らいでいる。
 大連立、というが「大政翼賛会」の動きに似て、ある意味末期的症状。政治が国民の求める方向から離れ、というか「求めていること」が解らなくなり現状に対する否定だけが声高に叫ばれるようになって、目指すべき未来に対する言及がなくなっている。リーダー不在、というより我ら国民が幸せな姿を見失っているのだろう。南無阿弥陀仏…だなぁ。
 働く幸せ、大山さんのその言葉をもう一度考えてみなければならないのだろう。

 じょんのび村への途中、田圃の畔に咲いている綺麗な花を見つけた。

風の誘い

2011.06.04 風の戯言


 6月の緑の風の吹かれて、まだ雪を残した魚沼の山々が泳いでいる。
 戻っていた季節に誘われて、一人湯沢まで車を走らせた。
 山の緑は、今が一番美しいのかもしれない。

曇りのち晴れ

2011.06.03 風の戯言


 国会での不信任案を巡る動きをみていると、呆れて吐き気がしてくる。グシャカンには何が一番大切であるか見えていないようだ。見えていれば、それを最優先させることで多くの人の信頼を得られるのに、ニンゲンテキにも問題にならないようだ。腹が立って、{暗殺}を仕掛けたい心境になっている。アブナイブナイ !

 クール・ビズ・・・なんて言い始めたら寒くなってネクタイ、背広は外せなかった。今日は午後からお天気も回復し、「アッタカサ」が戻ってきた。これでいいのだ。

雨また楽し

2011.05.29 風の戯言


 5月に台風が来る時代になった。
 若葉の萌える山に雲が立ち昇り、田圃の早苗は優しい緑を広げ、何か新しい風景を見ているような感覚の一日だった。

 自分の内部で何かが変わり始めているのかも知れない。