越路吹雪

2008.04.21 風の戯言


 窓を開ければ星達が瞬き、車が通り過ぎた後はまた元の静寂が訪れ、窓下の田圃から弱弱しい蛙の音が聞こえてくる。 ロウソクを灯しながら風呂に入っていると天と地が繋がって、これ以上望むべくもない最上の時間が過ぎてゆく。
 多分、BSで越地吹雪のビッグショーに浸っていたせいだろう。コメントは一切無く、ただ彼女のステージだけが流れる。「サントワマミー」「ろくでなし」「人生は過ぎゆく」・・・音楽とは縁の薄い自分に、改めて音楽の豊かさと人生の深さを示唆してくれる。 「こうちゃん」、と彼女のファンはそう呼ぶ。自分の恋人に対するように親しみと深い愛情を込めて。2人の印象的なファンを思い出す。一人は横浜時代お世話になった貿易会社の周社長、彼は学生だった俺達にいつも「こうちゃん」の話をしていた。もう一人は越後タイムスの吉田元主幹。リサイタルの知らせが届くと「仕事が手につかない」で東京に駆けつけていた。
 俺の人生は何と浅はかで情熱に乏しかったのか・・・今更・・・と思いながらやはりスターと呼ばれる、万人を魅了する人の凄さに感動し、今も頭の中で「ろくでなし」がリフレーンしている。

 余計なことだが、今日の取締役会の後の雑談で中村天風を話した。悩みの深さでしか理解できないのだろうが、生きることの深さと、生きる時間の長さのバランスを考えたりしている。
 今日はいい時間が多かった。

春祭り

2008.04.20 風の戯言


 平成20年4月20日(日曜日) 麗かな春の一日

 午前中の社員の弟さんの葬儀に参列して自宅に帰ったら、前の公園で村祭りの神輿が一息入れていた。礼服をジーパンに着替えて仲間に加わった。休日にやっておかなければならない仕事が頭をかすめ、輪の中に入れない。そういえばもう何年も祭りに加わらないで仕事と月曜日から始まる闘いの気力を蓄えることだけを最優先させてきたような寂しさが吹き上げてきた。
 みんなが、次々にビールやつまみを持ってきてくれて、空白の時間を埋めようとしてくれている。嬉しかった。
 八所さんという神社が小さ過ぎるし石段も楽じゃない、ならばと回り道を切り、拝殿をを広げたのは何時だったろう。あの頃は近所の村人達と気持ちも一緒だったように思う。
 来年は集落に2つある神社が一つになるという。その時はもう一度みんなの中に交えて貰って、祭りの一日を心行くまで楽しみたいと思う。
 夕方の神社の片付けに行ってみて、まだ気持ちの繋がってるのを確認できて、とてもうれしかった。しばらく、近所づきあいは全部女房任せだったから。

娘の誕生日

2008.04.16 風の戯言


 週初めの2日間休んでしまったら打ち合わせやら訪問やら来客に夕方は宴会付会議で、帰宅するまで娘の誕生日を忘れていた。先日は女房の誕生日を忘れていたからバランスは取れているのだけれど・・・。で、何歳になったのかは国家機密に属する。
 8月か9月に孫が生まれるらしい。実感ないなぁ。
 正直言えば、俺はまだ色香に迷っている。本気でステキな女性を好きになったりして・・・みんな片思いだけれど・・・妻がせせら笑っていた。

御宿 かわせみ

2008.04.15 風の戯言


 季節の変わり目で体調を崩しここ2日ばかり会社を休んでいる。体調不良、と言っても何処が悪いわけでもなく気力の中の「殺意」みたいなのが薄れている、だけだ。こんな時には自分の殻に閉じこもって気力の回復を待つしかない。

 家に閉じこもって平岩弓枝の「御宿かわせみ」に浸っている。藤沢周平ほど重くも無く松井今朝子ほど背景に気を取られることも無く、こんな時の読み物としては最高だ。
 それにしても何という激しい時代の移り変わりなんだろう。100年後、今の時代はどんな風に書かれるのか、いらぬお節介の興味が湧いてきた。

遅い春

2008.04.13 風の戯言


 鯖石の桜も咲いて、雪国の遅い春がやってきた。
 花冷え、と言うのか残念ながら少し寒くて夜桜見物の勇気は湧かない。古い昔の引き出しを開けて、艶やかな高田の夜桜の光景を思い出している。
 海外事情に詳しくないから何とも言えないが、一つの花の開花に国民こぞって狂気乱舞する、なんて国はどこかにあるんだろうか。何にでもケチを付けていれば偉そうに見えるクニとすれば罰当たりかもしれないが、やはりこの国の自然も人間も素晴らしいと思う。
 四季、と言うより正式には24節気なのだろうが、俺は八季という言葉が好きだ。少しづつ時は巡り繰り返すけれど、二度と帰らない人生の季節。

 11日夜は社内だけでごく内輪に20年を祝った。みんなが春の一時を楽しそうに過してくれた。これからどうするか? せめて今日一日は何も考えないことにしたい。