中締め
懇親会など酒席の最後を「中締め」と称し正式な会の終了を告げる儀式?がある。単に「締め」のことだが、そこは日本人らしく「もし都合が良かったらもう少し召し上がっていって下さい」との心遣いが感じられ、いい習慣だと思っている。
昨日、銀行さんの会社説明会の後立ち席での懇親会があり、その「中締め」を命じられた。光栄な役なのだろうが、正直言えば苦手だ。素直に形式どおりに出来ない性格の捩じれに嫌気を感じることも多いのだけれど、綺麗に纏めないと「世間知らず」になってしまう。正式儀礼の中に新鮮味を・・・自己アピールの機会でもある。そこで・・・
「ご指名を頂きましたので、僭越ではございますがこの会を締めさせていただきます。
ただ、銀行さんの会なので「バンザイ」だけはしたくない。三本締めは疲れる。関東一本締めは手抜きだ。
よって越後二本締めを行います。米俵を縄で絞める作業から、米所越後に伝わる中締め、越後二段締め、参ります。
よー、バン、バン」
みんな喜んでくれたけど、これで良かったのかな・・・
南天の月
夜の庭に出ると散り始めた八重桜の花の南天に月が輝く。満月を過ぎたばかりの月明かりは物思いに耽るに丁度いい。
社長業は当然のことながら自分の会社の業績が最優先の問題だ。業績を上げ継続的に成長できる仕組み、それさえ出来れば大半の仕事は終わる。成長できる仕組みとは社員が精一杯に活動できる人事考課システムなのだろうと思っている。それだけではないが、組織を活性化する仕組みが最重要な課題だ。自分が抱え込んだ社員の生活が、厳しくとも豊かであるように自立の道を探らねばならない。この時間もあれこれ考えて眠れないでいる。
地域に根を下ろして活動していると会社経営とは別の仕事が舞い込む。自分の能力を考え断れば良さそうなものを、グズグズと溜め込んでしまう。いい性分とは言えない。
市の長期計画、産業大学の未来等自分の力ではどうにもならん。余計なお世話が仕事を増やしている。
味噌屋の再建、情報通信会社の経営。これは本来の業務に関係するものもあるので身を入れて懸からねばならない。
あと業界関連の役職を幾つか、これはそろそろ身をひく必要があるのだろう。中途半端な名誉職は楽でいいけど存在意味が良くわからないことが多い。伝統、ってやつだ。
ブツブツ言っているうちに時間が過ぎている。もう少し纏めて寝るとしよう。
南天の月が窓の真正面に懸かっている。静かな夜だ。