8月15日 敗戦の日
今日、8月15日は「終戦記念日」
「敗戦の日」と捉えると穏やかならざる日になる。
真実を見ないと、未来に禍根を残すことになる。
「終戦の日」にすれば、その場は収まる。
中国や朝鮮は「戦勝記念日」なのだろう。
中国政権の正統性が共産党の「抗日」だけにしたら、やはり無理がある。
日本の植民地が、日本が負けた途端に「勝った!」ではやはり無理がある。
戦後80年。
虚構には無理が付きまといながらも、戦争の無い時代を80年続けてきたことは事実。
そろそろこのままでは限界が来る。
現状を納得する新しい「虚構」が必要だ。
平和国家 日本。
それは自主自立国家だ。
未来の選択を自由に、少なくとも外国の言いなりにならない自由裁量権を持つ国に。
平和とは何か?
他国に殺されない、他国の人を殺さない国に。
墨子の「不攻・兼愛」が需要になる、と思うんだっぺ!
写真は今日の八石。
「涅槃仏」と言うけど、俺には「吾子を寝かしつけている慈母」の姿にしか見えない。
雨燦燦と大地に浸みて
恵みの雨が鯖石を濡らしている。
7月は0.5ミリしか降らなかったという乾いた大地に浸み込んでいる。
長い習慣で、鯖石川の流れる水の量や色を見ているとお天気が読める。
土方時代、お天気は職業左右し、特に雨は今日の仕事に直結していた。
一日雨量が40m/mを超えるとづなるか、何を準備しなくちゃならないか。
災害は自然を舐めたら、完全にやられる。
自宅を建てる時に、真っ先に選んだのは子供を放牧できる環境だった。
仕事と遊びが楽しくて、子供を放し飼いに出来る場所選びを優先した。
そして
洪水の心配が無い事。
土砂崩れの危険が無い事。
交通事故の心配が無い事。
保育所が近い事。
学校は尚の事。
農協が近い事。
雪が降っても除雪が出来る事。
酔っぱらって奇声を上げても隣から怒鳴られない距離確保。
将来、屋敷を拡げたいときに隣接地を強奪出来る事。
女房が畑を楽しめる事。
等々・・・。
交通信号もない事が大事な要件だった。
だって、俺が来るまで走っているのに「止まれ!」とは何事か!
まだあった。
店が近い事。
床屋が近い事。
医者が近い事。
お寺が近い事。
駐在所も隣から越してきた。
郵便局が無かったから、隣の与板から越して来て貰った。
何か文句あっか?