F 君、頑張れ !

2011.07.21 風の戯言


 F君、今日は予定通り手術完了。激痛と酸素マスクの中から僚友にメールを送っていた。手術直後で要約すれば大変な時宜だけど、栄養を給と酸素マスクの中「痛い、痛い!」の.メールを送ってきている。死んだわけないから安心 ! 1週間以内に退院だろうと喜び、期待している。

 今日はM君の退職日。中々マッチしない人もいるんだ。H君の入社確定日前日、いろいろと人事異動がある。組織を守っていくために人は鬼になる日もある。つらいれどね。

 頑張って、いい会社 にするよ。

夢をつかめ、夕焼けの海

2011.07.20 風の戯言


 昨日の海の夕陽は凄かったという。
 空一面が赤く染まり、そこに虹も掛ったそうな。
 誰か、その写真を撮っていたら、どうしても見たい。

 昨日の悔しさを胸に仕舞い込み、今日はお客さんとの懇親会。夕陽の沈む海に佐渡が浮かび、とてもきれいな夕陽の空になった。若女将を窓際に立て美女と夕焼けを狙ったのだが若女将は黒いシェルエットになってしまった。影絵のような姿に猛烈な慕情を感じる。
 夕陽を見ながらの酒席は華やかで美女たちの友人の「会長就任祝い」は愉快で、温かな良い宴会になった。

台風の空

2011.07.19 風の戯言


 奥底のしれぬ寒さや海の音

 文春7月号を読み返していたら角折りしたページにこんな句が載っていた。金子兜太が東北大震災避難所を想像していた時に思い出した江戸時代の越前三国の女郎の句、だとか。

 生きていて生きてるだけで燕来る

 この震災を読んだ飯田操さんと言う人の句。読み返すだけで詰る。

 俳句の、抜打ちで一刀の下に切り取られた人生の瞬間が大きな時を超えて迫ってくる。人間は自然界のあらゆる生物と同じで、時の中で生きている。生れれば人はやがて死ぬる。坂井三郎や車谷長吉のように「死ぬ時が楽しみ」とはいかないが、消滅できるのは人間の最高の幸福の様に思えるときがある。
 さまざまなことが浮かんでは消えてゆく。

夏の思い出

2011.07.18 風の戯言


 車に乗ると「外気温度」が40度を表示していた ! 思わず生きる気力が萎えてしまった。「夏なんだなぁ」と思わずボケたことを口走ってしまう。 
 ただ、台風の進路と魚沼方面の大雨洪水警報に要注意。

 午前中、長岡までF君の入院見舞に行ってきた。肺の一部切除…いろいろな病気があるもんだ。腹と胸の3ケ所に穴をあけ、切り傷はつけないように手術すのだそうな。本人が気にしている「痛がる手術」を無理に聞き出すと、それでも本人は入院前より元気そうで安心。20日の手術を無事乗り切って欲しい。

 入院見舞いといえば、鋸で足を切った仲間のお見舞いに、ニンジンやダイコンを紅白の祝い紙で包み枕元に置いてきたこともあった。早く治して馬や牛の様によく働けと…院長先生が涙を流して喜んでいた、と後で聞いた。
 別の仲間の入院のお見舞いにウィスキーを持って行き、患者を交えて飲み始めたら足らなくなって、看護婦に頼んだら病院から追い出されたとか…。今は皆懐かしい思い出。
 よく考えて見れば、土方からコンピューター屋になって、俺はとても上品になった。

いもり池

2011.07.16 風の戯言


 久しぶりに赤倉のいもり池を訪ねてみた。
 単に昼時なので腹が減っていただけなのだが、「手打ちそば」の看板に引かれて入ったら、ビールを片手に若い男が盛んに話しかけてくる。自閉症気味の時は腹が立つ。首を絞めるわけにもいかないので適当に相槌を打っていると段々ムカついてきて殺意が本物になりそうになる。

 仕方なしに池に向かうと2羽のカモが桟橋で休んでいた。
 鴨は人間の食いものであることを忘れ、暫く見ていた。

 「妙高山」はインド古代仏教で世界の中心の山である、と一般的に理解している。須弥山は漢字の音訳だという。

 高校の山岳部で妙高三山を歩きまわっていたころを思い出す。テントの中で酒飲んでいたら酔っぱらった顧問の先生が傾れ込んできて宴会になり、青春談義が遅くまで続いた。翌日の笹倉口からの焼山攻めはキツかった。春山の雪の急斜面と二日酔い。だけと、無茶苦茶楽しかったことが忘れられない。

 露天風呂で斑尾山に上る月を眺めていたら「十六夜ですか立待月ですかねぇ」とオッサンが声をかけてきた。放心状態の時に声をかけられ、湯船に沈みそうになった。
 立待月、居待月、寝待月…。日本には自然と暮らす豊かな言葉があったのだなぁと今更ながら驚く。