知足

2006年03月04日 風の戯言

 「知足は第一の富なり」

 お釈迦様の言葉に一番近いと言われる経典「マンダパタ(法句経)」にこの言葉がある、と言う。
 確かに「足(たる)を知」らなければ常に飢餓感に苛まれ、心が満ちることはない。
 現代資本主義経済はその「飢餓感」に立脚した社会でもある。実際「生活を豊かにする」新商品・サービスの誘惑に抵抗するには努力が要る。「お金が無い!」と叫びながら、目はテレビCMに釘付けになり、知らず欲しい衝動に突き動かされている。
 手の届かない価格の時には「諦める」ことも出来た。しかし今はどうだ、「えっ!」と思うような値段で目の前にある。
 一点豪華主義から欲望拡散時代になり、今も「足を知る」こととはほど遠い所で喘いでいる。飢餓地獄とはこのことなのか。

 足を知るは第一の富なり、と言う。
 莫煩悩、欲を捨てろと言う。
 確かにそうなのかも知れない。
 だが「欲を捨てた」人生とはどんなものなのだろう。
 よく分からない。

おぢや風船一揆 30年・・・

2006年02月28日 風の戯言


 平成18年2月25日朝
 小千谷市西中の雪原にダイヤモンドダストが煌めいていた。
 山本山や周囲の山裾は朝靄に包まれ、空は青く雪山は朝日に輝き、今年30回目を迎える「おぢや風船一揆」は神様の贈り物としか言いようのない、夢のような快晴の中でスタートした。
 全国から集まってくれた39機の気球、ドラエモンやワンちやんの形をした熱気球、それらがゆったりと雪原を離れ大空に舞ってゆく。無風に近い雪原を空一杯に熱気球が広がってゆく。
 子供のように、30年同じ夢を見て、そして今年はその30年の良い所だけを繋ぎ合したような感動的な一日だった。

 私は既に老いて、祭りの何の手伝いも出来ない。それは悲しいことだけれど、遠くから来てくれた仲間達と無駄口を叩き合い、雪原に吼えるバーナーの音を残しながら翔びたってゆく一つ一つの彼らを見送ってゆくのはとても楽しく幸せなことなのだ。

 「嫁よこせ」なんて大書したムシロ旗をおっ立てて、「風船一揆」を始めた30年前が妙に懐かしい。 いい仲間と酒、人生にこれに勝るものはないのかも知れない。

 

柏崎の未来

2006年02月15日 風の戯言

 柏崎の町について考えている。

 人は顔を合わせると柏崎の未来が心配だ、と言う。上越と長岡に置いてけぼりを食ったような感じがするのかもしれない。合併しても人口10万に届かない。少子高齢化、心配だ、って。
 不思議なのだが、個人がどう頑張っても解決できない問題を心配したってどうしようもないのだけれど・・・。

 柏崎は豊かな町だと思う。縄文人の末裔らしく豊かな自然環境の中で、揺ったりとして生きている。柏崎を罵倒している人たちに「どこに不足があるのか」と逆に聞いてみたい。

 自分のことになるが、俺は25歳のときに都会での夢に破れ、ボロボロになって田舎に帰ってきた。兄貴が「戻って来ないか」と言ってくれなければ、俺は都会のゴミ箱の中でくたばっていたかも知れない。
 改めて此処が俺の永久の住処か思った時に、俺は絶望の中から柏崎の宝探しを始めた。探してみるといろいろなことがいっぱい出てくる。誰もいない海。細々と続く山道。静かな農村の風景。そして愉快な仲間達。いったい何の不足があるのだ?

 柏崎はいろいろな問題を抱えているし、課題も多い。しかし、現に俺達はここに住んでいるし子供達もいる。自分の住んでいる土地を好きにならなくてどんな幸福が見つかるのか。
 10万人と言う人口は、町の規模としてはちょうどいい。人の顔が見えるし、温かさが通い合う。昔と違って、気が向いたら旅に出る自由もある。だけど、ホームグランドとしては此処以外は考えられない。山も川も、森も風も、祖先たちと生きてきたところだものな。

 

都市の品格

2006年02月09日 風の戯言

 藤原正彦著「国家の品格」が話題になっている。
 
 敗戦以来、日本の価値基準はアメリカに近づこうという意思そのものであった。勝者に気に入られるよう、にじり寄るのが敗者の生きる知恵だった、とも言える。
 必死に働き、アメリカに次ぐ経済大国になり、また新たにグローバルスタンダードと言うルールを示され、再度死に物狂いで働いて、日本は何かに気がついた。このルールはおかしいぞ、と。
 戦後壊され続けてきた日本の価値基準が見直され始めている。ライブドア騒動もあり、次第に大きな潮流になりかけているようだ。

 「品格」とは何か?
 出来るだけ人の世話にならず、精神も経済も自立をすることではないか、と思っている。
 「神を敬い、神に頼らず」

 この町も、本格的に「品格」を問う時期にきている。 

春よ来い

風の戯言

 雪国小千谷の春を呼ぶ風物詩「風船一揆」が近づいた。
 今年は2月25日、26日。30周年ということもあり、全国から40機を越える気球が集まってくれる。
 会場は山本山の近くに広がる西中の雪原。一面の雪景色の中を色とりどりの熱気球が飛び立っていく。実に壮観であり、詩情もあり、まことにいい。
 夜はその雪原に20機ほどの熱気球を並べ、一斉に火を入れると大きな提灯が、無数のろうそくの灯とマッチして、写真マニアの絶好のポイントになっているらしい。
 背景には花火が打ち上げられ、山本山からスキー滑降のたいまつ行列が降りてきて、雄大なスケールの大きいお祭りが人々を楽しませてくれる。

 その後、市内の大きなホールで全国各地から馳せ参じてくれた気球の仲間達と市民との交歓パーティが祭りをさらに盛り上げている。
 話は此処からなのだが、パーティがクライマックスを迎えるころ、恒例の「春よ来い」の大合唱が沸き起こる。自分で盛り上げておいて何だが、歌詞がよくわからない。だからいつも1番だけが延々と続くことになる。
 これじゃぁ成長がない、とインターネットで調べてみて、便利な世の中になったものだが、作詞は相馬御風で作曲は弘田龍太郎、大正12年1月20日作曲だということがわかった。

 御風の作詞リスト、弘田の作曲リストを眺めていて、大正という時代の何と豊かだったことか、と思う。生活は大変だったのだろうが、今となればあの詩情豊かな時代が切ないほど恋しくなる。

 「叱られて」   清水かつら作詞 弘田龍太郎作曲
 
  叱られて
  叱られて
  あの子は町まで お使いに
  この子は坊やを ねんねしな
  夕べさみしい 村はずれ
  コンときつねが なきゃせぬか

  叱られて
  叱られて
  口には出さねど 眼になみだ
  二人のお里は あの山を
  越えてあなたの 花のむら
  ほんに花見は いつのこと

 昭和20年代の鯖石の風景が蘇ってくる。