雪の夜に・・・

2013年01月09日 風の戯言


 原稿案

 題 「現在・・・それは未来からの預かりもの」

 自分にとって唯一最大の欠点である「物忘れ」が年齢と共に核分裂の如く破壊力を爆発し続けている。
 不思議でならないのが、先祖が館林城を逐われた時の敵将、織田信長10将の1人「滝川一益」の名前が出てこないことだ。不思議と憎っくき滝川一益の名前が出てこない。自分の記憶力の無さを「先祖の怨恨」が続いていると思うことにしている。ただ、この件だけでないのが証明の難しさではあるが・・・。

 何が言いたいかというと、「現在・・・それは未来からの預かりもの」と聴いたテレビ番組が思いだせない。ただ、それがネイティブ・アメリカンに伝わる言葉だ、という言葉の衝撃は既に氷着いた記憶力に焼き付いてしまうほど強力だった。
 彼らの証言を綴った「一万年の旅路」という本も強烈だった。アフリカの人類発祥の谷間からアジアを抜け、アリューシャン列島からアメリカ大陸を縦断し定住するまでの、文字を持たない彼らの祖先の物語が、一子相伝で伝わってきている。

 人生は、生きるに値するものなのかどうか、まだ自分には判らない。ただ、凄い生があるものなんだと思う。

青空が見たい

2013年01月05日 風の戯言


 体調が回復に向かうと、酒が飲みたくなる。
 以前と比べれば、量的には微々たるもの、精々2合くらいか。昨日は名刺交換会でビール少々、夜は会社の総務新年会で日本酒を少々、合わせても 「少々」。

 自宅の窓の外の雪を見続けていると、ストレスが発火点に近づいてくる。雪のない、枯れ葉の上を歩いてみたくなり、上州と信濃路を走ってきた。
 本当は海が見たくて家を出たのだが、柏崎のインターでは東の空に青空が見えたので、長岡方面にハンドルを切ってしまった。青空に誘われるままに、真っ白な上越国境の山にも魅せられて、清水トンネルを抜け高崎へ。
 途中眠気に襲われたが、引き返すにも行かず、雪のない風景に誘われるままに藤岡から軽井沢・長野方面に。

 気温は高崎近辺で5度、妙高近くで-5度。

 夕方5時には米山インターを降りた。高速料金250円。

 写真は浅間山。
 雪のない景色を求めてドライブしたのに、撮ったのは雪山・・・。
 高速道路を走りながら撮ったので、何処で撮ったか判らない。
 だいぶ怪しくなってきた。

仕事始め

2013年01月04日 風の戯言


 今日4日は仕事始め。
 役所関係の仕事が多いので4日を仕事始めとしている。
 民間だけなら7日からで良いのだろうが。

 11時から「賀詞交換会」行政と民間、合わせて500人くらいかな? 以前は国会議員、県会議員などの挨拶が長く、1時間の予定がそれだけで埋まってしまう。
 新年に集まって年賀の挨拶をするのか目的なのに「なんなんだ ! これは! 」と主催者にクレームを入れ、3年くらいかかって今の状態に「進化」した。文句は言ってみるものだ。

 「柏崎原発を火力発電所に」の原稿が動き始めた。賀詞交換会に出席された東電関係者や市議会議員、市長にもその話が出来た。
 物事を変えて行くには「誰か」動かなければならない。批判は覚悟しているが、夢のある柏崎に繋げたい。

雪暮れて

2013年01月03日 風の戯言


 じょんのび村への道中、高柳の雪が綺麗だった。
 常緑樹、落葉樹、早く言えば杉と雑木なんだが、枝や葉っぱについた雪が何とも言えない世界を作っている。
 雪道に車を止められないので、残念ながらカメラに納められなかった。

 写真は自宅の2階窓から。
 少し、この雰囲気を伝えたかったのだけれど・・・無理だな。

 呉善花の「虚言と虚飾の国・韓国」を読んでいる。
 韓国を旅しているときや、新聞やニュースに感じていた「違和感」が、ここに根ざしていたのか・・・と氷解。
 所謂、中華思想における「華夷秩序」に毒され、自民族中心主義 血縁集団の繁栄を第一義とした朝鮮の場合、日本は常に「夷」であり価値観が根底から違う。
 植民地として日本に、「謝罪」を要求する回数が多すぎるが、この本を読んでいて「そうだったのか !」と納得。

 兎に角面白い本で、多少???はあるが一読に値する。

謹賀新年

2013年01月01日 風の戯言


 明けましておめでとうございます。

 新年は雪で明け、地元の神社の2年詣りと、館林落城の落ち武者であった先祖がお世話になった中加納の清瀧寺と、自分の菩提寺に定めた与板の周光院を回ってきました。

 ポジティブニヒリズムに毒された身には妙な話だが、毎年この「お参り」を続けていると、何となく落ち着く。それにしても、深夜膝まであるような雪を掻き分けて歩く自分を少し不思議に眺めている自分がいる。

 今年は、風のように、もう少し自由に生きてみます。