庭にお泊りの蝶さん
田島の毘沙門さんはいつも大雨が降って鯖石川か氾濫し、行兼から宮下、西の入り、田島は田圃に泥水が冠水し、稲の出来が心配になった。毎年出水は続いたような気がする。
子供達は大人に混じって堤防すれすれまで来た濁流に網を入れると、大きな魚が取れた。学校は休み、行って見ても校庭は水浸し。ワーイ ! 魚取りだぞ・・・・
各地で大雨を降らせた雨雲は、今年は天の助けか、柏崎を外れている。「当たり!」の地域は大変なんだろうが・・・天に感謝。
14日は鯖石の「稲虫送り」行事で夜の一時だけ、賑やかになる。「稲虫送れよーー、送れよぉー」太鼓に音にあわせ、稲藁で作った虫送りのタイマツを大きく回しながら、土手の上を練り歩く。子供の頃からの行事、懐かしいね。
ランちゃんが外に繋がれる時の領分、そこに繁る笹の葉にハグロトンボとクロアゲハが遊びに来ていた。ハグロトンボは誰か近しい人の霊のように、もう3日も同じところで遊んでいる。クロアゲハは昨日の夕方から今日の朝まで、風の強い中でも竹の葉や八つ手の葉に止まったままだった。
何やらを語りかけ、彼らの好物も差し上げないまま、短い会話が続いているようにしか思えない。
誰なんだろう ? 話してみたい・・・。
「もしドラ」
ホクギン経営者セミナーで「もしドラ」の著者 岩崎夏海氏の講演を聞く機会を頂いた。P.F.ドラッカーの経営学は、上田惇生の翻訳が殆どだが、言葉としては判り易く感じるが、だから自分の言葉にならないまま人に伝えようとする事が多いのだが、その原因?が理解できたように思う。
要は、正論なのだがなかなか実行が出来ない。「改革」をどう実行するか。社会は刻々と変化する。「停滞よりは前進することだ」という。前進すれば正解がある訳ではないが、過去を一旦捨てなければ未来に適応できない。
メモを読み返しながら、「自分の言葉」に何処まで変換できるか、楽しみではある。ナンギだネ。
今日もまた鯖石川の堤防を歩きながら、纏りのつかない事を考えていた。
加納の裏山に落ちて行く夕陽がバカに綺麗だった。
梅雨空の谷間で・・・
街で、リタイヤ組らしい人たちの歩く姿が多くなった。「馬鹿じねぇか!・・・」と彼らを蔑んでいたのだが・・・最近は時間を見つけては鯖石川の堤防を歩いている。
「俺も焼きが回ったのかな」と思いながらも、誰にも会わずに小一時間の散歩は結構楽しいのだ。
車で走る時は「路傍の花」なのだろうが、堤防に咲く花を何と言うのだろう。花の咲く時期が植物にとって一番勢いのある季節なのだろうが、「のっている」季節の、今の時期の緑は正に「青春」なのだろう。
鯖石川の堤防を歩きながら、この小さな谷間の村で生きる為に戦ってきた先人たちの事を考えている。理不尽だろうが、無意味だろうが、人は目の前の戦いに負けるわけには行かない、のだろう。
自宅前の公園に「鯖石川治水の碑」がある。梅雨の時期、特に毎年7月14日に開催される田島集落の普広寺「毘沙門」祭礼の前夜は必ず大水が出る、といわれるほどだった。
暴れ川、鯖石川を鎮めたのは、全財産を捨てでもそれに取り組んだ鯖石の素封家達だった。
静かに、今日も鯖石川は流れている。
梅雨の谷間で
梅雨空の所為では無いが、頭の中が湿気ている。
元来、言葉が豊富な人間じゃ無いけれど、使用可能な言葉がメッタメタに放散している。どうすりゃいいのだ ?
ナンテのは兎も角、今の時期、車を走らせるとあちこちで綺麗に咲いているに目が移る。
じょんのび村の帰り、鯖石街道の川東線を走っていたら、森近の集落はずれに菖蒲というのか名も知らぬ花達が咲き乱れていた。
こんな写真を撮っていると、自分が真っ当な人間に思えて何とも嬉しくなる。人間が花を大切にするのはこんなことからなのか、なぁ ? ・・・。
新潟県経営品質賞の申請書を書き始めている。新潟産業大学の講義を聞きながら、かなり判っているつもりでも、いざ書き始めると身の置き場なくなるほど情けない文章のなる。
中長期の経営計画も兼ねているので理想と現実のギャップを、項目を整理してスケジューリングする事が肝要なのだが、現代の変貌はこちらの変革を待っていてくれるほどヤワじゃない。気は急くし、頭はアル中、身体はデクノボウ・・・なんとかせにゃ・・・。
久し振りに松井孝典の「一万年目の人間圏」を読み直している。先日何処かのテレビに出ていたので気になっただけなのだが、やはり本物の知性ってのは全然違う。
書き掛けの申請書を何処かにホン投げ、読んでいるうちに興奮して眠ってしまう。マッサージに行かないと体中に激痛が走り気分が滅入って死んだ方がマシ ! なんて考えたりして休日は楽じゃないが、刺激的な本は良いものだ。