桜の花浜

2009年04月18日 風の戯言


 社長をクビになって1週間、ナマケモノみたいな生活をしていたら少しづつ元気が戻ってきた。一部だが机を片付けたり、庭の枯葉をかき集めたりしている。動作はまだのろいけれど、何かをやろうという意欲と行動が近づいてきた。
 気のせいか、肩こりも少し楽になったようで馬の背中のような違和感はない。

 写真は新発田城の堀に吹き寄せられた桜の花

 こんな風景を楽しめる時間が出来たことが嬉しい。

岩室成人病検診センター

2009年04月17日 風の戯言


 静かに「時」が流れている。
 久し振りにランちゃんの散歩に付き合い、何時ものコースの小学校の裏の崖に「わらび」を見つけた。一握りだけ頂いて、後は次の人の楽しみに残しておく。それが此処に住む人の掟。春の山は「酒の肴の宝庫」。
 春は駆け足で過ぎて行き、もの音の消えた夜は深い霧の中に沈んでいる。家の裏の田圃からカジカガエル?の合唱が聞こえてくる。何と素晴らしい土地だろう!

 昨日は多少の懸念を抱え、岩室の検診センターで検査を受けてきた。今更なんの病気が見つかっても手術する気もないが、知らないで無駄な時間を過したくもない。人はいずれ去り行くもの。散り際はジタバタしたくない、と思っている。
 センターの隣に小さな神社があり、その桜が見事に散っていた。風もなく、落ちた花びらが一面に敷き詰められたようで、異空間を作っている。いい風景だ。

 さまざまな事おもひ出す桜かな       芭蕉

 検査結果は良好で、ただ肝機能だけが弱っているらしい。らしい、ってのは自覚しているが、改めて、したり顔で、「酒を止める様に」って言われたって、そりゃそうはいかねえ。最近は正気でもそうなんだが、俺から酒と呑んだ時の大法螺を取っちまったら何にも残らねぇ、んだ。
 うん、まだ自覚しているうちは大丈夫 !

TOKYOの休日

2009年04月15日 風の戯言


 「遥かなるロシア」
 電車の中吊り広告、正確にはドアの右上なのだが、その文字が目にした時、俺はいきなりロシアの平原にブッ飛んでしまった。
 「遥かなるロシア」・・・何と言う素晴らしい響きなんだろう!。俺の中のロシアは今も「ドクトル・ジバゴ」のララのテーマが流れている。農村の風景とジバゴのオマー・シャリフ、ジュリー・クリスティのララ、みんなひっからまって俺の「ロシア」の風景で出来てしまう。トルストイもツルゲーネフもドストエフスキーも、みんなララのテーマの、心を掻き毟るような調べから逃げ切れないでいる。妄想、だね。
 
 BUNKAMURAまで行ってよく見たら国立トレチャコフ美術館展「忘れえぬロシア」であった。思い込みの中で「遥かなるロシア」と読み違えていたようだ。
 目玉はクラムスコイの「忘れえぬ女」、ロシアのモナリザと言われているらしいが、この娘はどんな人生を過したのだろう。古き良きロシア、まだ仕合せだった革命前の風景、ロマノフ王朝最期の皇帝ニコライ二世、貴族達、農奴たち・・・秒速30万キロの世界が速度を増して動き出した時、過酷な運命みたいなものに翻弄される哀しさが、芸術家達の感性だけが捉えた歴史の予知を・・・感傷的に見るしかなくなる。

 12日は上野の国立博物館阿修羅展、13日はお台場を徘徊し水上バスで日の出桟橋へ、そこからまたテコテコと浜離宮まで、真夏のような太陽を受け、レーバンのサングラスをかけて、少しキザに5時間ほど彷徨った。夜は品川の駅裏でロハス・レストランで今様な料理を楽しんだ。初めてのセガレのオゴリ、大丈夫かなぁ。

 そんなこんで、急に東京さ出て、お天気に騙されて風邪ひいてしまつた。まぁ、いいか。明日は検査入院。悪い所は頭と口と手癖らしい・・・俺の友人達にはいたわりの心ってのがない。

社長退任

2009年04月10日 風の戯言


 4月10日は創風の創業記念日。今年22回目。
 この日を以って社長を退任し、岡本尚武にバトンタッチをした。
 同時に、新潟県経営品質賞奨励賞受賞の決定があった。経営計画書、としての位置づけで書いたものだから、まぁこんなもんか? 受賞を狙うとすれば基準書に則って書けばいい。しかし、この経済の激動期にそんなもんでいいのか? 一経済人としては別次元の問題のように思えてならない。
 もう少し深掘りしながら、問題点を明確にして、一歩づつ前進できれば、と思う。

 もう一つは、パーティが始まる直前に懸案の受注の連絡が入った。他社と競り合って勝てただけに、本当に評価して貰った実感が強く、とても嬉しい。

 兎に角、これで社長業から足が洗える。

第5回 産業大学・工科大学新入生歓迎会

2009年04月05日 風の戯言


 柏崎の2つの大学、新潟産業大学と新潟工科大学の入学式があり、新入生歓迎会実行委員会が主催する歓迎会が無事に終わった。
 新入生と関係者で560名、その他ボランティアが160名くらい合わせて700名余が会場を埋め尽くした。
 今年は会長に会田洋市長、副会長に松村小会議所会頭を迎え、青年工業クラブ、JCなども加わり今までにない広がりを見せてきた。バスの到着に合わせ日本海太鼓の歓迎演奏が柏崎のメーンストリートに響き、晴天も味方し、素晴らしい会になったことを本当に嬉しく思う。

 夢中になって笑顔で飛び回るボランティア・スタッフ、いつも多くのお菓子やペットボトルを提供してくれるブルボン、バスの手配など大きな力になってくれる東京電力など、本当に頭の下がる思いでこの会を担当させていただいている。
 学生達の力を貰いながら、きっといい町になる、そう信じている。ありがとう。