ランの散歩

2009年07月06日 風の戯言


 加納の自宅の近くを流れる鯖石川は、昔から7月14日の田島集落の毘沙門様の縁日に、必ず洪水になる。学校は水浸しで当然に休み。悪童達は水嵩の増した小川に台所の笊を持ち出し小魚取りに忙しい。
 大きなタモを持った大人は大物を、笊を手にした子供は小魚を、夫々の獲物を見せ合いながら「気を付けろ!」と一言残し、もう次の魚場に移動している。
 田圃は全面泥水に埋まり、今年の収穫は・・・心配してもしょうがないのだろう。水に過不足なし、という。なるようにしかならない。それが自然の中で生きるということだ、と知った。

 何時もより早く家に帰り、ランに謎をかけられて、散歩に出る。
 この犬は吼えたり飛び掛って散歩に連れて行け、とは言わない。ただ、じっと俺の目を見つめ「ねぇ、連れて行ってくれる?」 実を言えば俺はこういうタイプに一番弱い。
 「仕方がない、散歩に行ってくるか」その言葉が終わらぬ内に脱兎の如く前の公園に向かって走り出している。人間の年で言えばもう70歳を越えているはず・・・なのだが陽気なランは関係ないみたいだ。
 でも、時折長い散歩をすると「予定外のコースだ、年寄りに無理させないでくれ」と座り込んでしまう。
 SOSを発信し、女房が車で迎えに駆けつけるのを待っている。何とも横着な犬だが、まだ死にそうにない。もう十分に生きたから、そろそろ良いんじゃない? どうだ? ラン!

玉井袈裟男先生を偲ぶ会

風の戯言


 信州大学名誉教授玉井袈裟男が6月11日に亡くなった。
 ジャカルタの「ひまわり診療所」院長山田さんから連絡は頂いていたが、「偲ぶ会」からの案内が届いた。
 信州大学冒険倶楽部のメンバーは山田君が来れる10月を考えていたようだが、7月19日の会に顔を出したくなっている。
 玉井先生の魅力の虜になってしまい、勝手に弟子入りをさせて貰った。
 日中友好協会長野支部が河北省石家荘で熱気球を揚げるときは先生が団長、団員は学生たち、石塚と近藤は当然怪しまれ公安にマークされ、何とも不思議な混成団だった。
 まだ4人組が逮捕された直後で、緊張感が漂っていた。解放軍の飛行場を借りて熱気球を立ち上げ、初めて中国の空に熱気球をを飛ばした感動は今も忘れられない。
 テレビクルーのトラブルが発生し、団長以下数名で解放軍司令部に赴き.事の次第を説明し、陳謝し、信頼を裏切った処罰は潔く受ける、と参謀役の私はそう作戦を決めた。
 先生の吶々とした信州弁と、腹を決めた潔さが通じ、一時は拘留の覚悟も決めた場面もあったが、最後は笑顔で交渉が纏った。
 無事開放され、先生は私に「ありがとう」といってくれた。暖かい手だった。

 その後も各地のイベントで会うことも多くなり、先生の不安の多さに驚かされた。
 いろいろ思い出すと、19日は何としても参加したくなる。前日は自分で仕掛けたゴルフ、翌日は社員の結婚式・・・結婚式を延ばしてもらい、松本で古い仲間達と飲み明かせてくるか・・・悩む。10月を待つことにする。

元気回復

2009年07月05日 風の戯言


 金曜日の夜はお客様の元社長に開いて頂いた「会長就任祝い」、今日は新潟大学を退任された教授の感謝ゴルフ。素晴らしい時間の連続で、充実した24時間だった。
 ゴルフはと実に数年振りのラウンドで、アルコールに浸された体が保たれるのか心配だったが、楽しさに貪欲な性格が全てに優先させてしまい、パートナーに大迷惑をかけながらも自分では最高に楽しいゴルフだった。感謝 !

 週に2回のマッサージと1回のハリ治療を必要とし、生きる為には「透析」と同じような医療行為と割り切っていた心算でも、疲れ易い身体と言うのは重苦しい気分が吹っ切れない。食事の改善=粗食とハリ治療一本と水やらの回転が効き始めたのか、少しづつ体調が戻り始めた、というよりこんな元気を取り戻しつつあるのは初めてのような気もする。
 元気が戻れば、人に頼まれたことは手を抜きたくないし、何事かに一生懸命になれることの楽しさを棄てるわけには行かない。本当に生きている時間は「元気な時」なのかも知れない。

才能と仕事

2009年07月03日 風の戯言


 「人間の才能は、多様だ」 と継之助はいった。
 「小吏に向いている、という男もあれば、大将にしかなれぬ、という男もある」
 「どちらが幸福でしょうか」
 「小吏の才だな」継之助は言った。
 「藩組織の片隅でこつこつと飽きもせずに小さな事務を執って行く、そういう小器量の男に生まれついたものは幸福であるという。自分の一生に疑いも持たず、冒険もせず、危険の淵に近づきもせず、ただ分を守り、妻子を愛し、それなりで生涯をすごす。
 「一隅を照らすもの、これ国宝」と継之助は、いった。
 叡山を開いて天台宗を創設した伝教大師の言葉である。きまじめな小器量者こそ国宝である、というのである。
                                           司馬遼太郎 「峠」より

 人間の才能は、大別すれば創る才能と処理する才能の二つに分けられるに違いない。西郷は処理的才能の巨大なものであり、その処理の原理に哲学と人格を用いた。
                                          司馬遼太郎 「歳月」より

 人生は短い。だけど走り続けさせられた人間にとってみれば、嫌になるほどの長い距離なのかも知れない。
 時折、もういいかな、と思うこともある。人間の時間には限りがある。だから「人間の命なんざ、使う時に使わねば意味がない」(峠)し、命なんて棄てる時に棄てなければならないのだろう。それが命懸けの仕事かどうか、ナンテ大した意味は無い、と俺も思う。
 さして意味も無いものに何故に拘る・・・単に命が惜しいだけ・・・いや、男の意地みたいなもの・・と思う。色即是空 空即是色・・・男には志、ナンテものが必要なんだろう。誰にも理解をして貰う必要はない。でなければ「志」ではない、のかも知れない。

垣根の紫陽花

2009年07月02日 風の戯言


 世間並みに、此処鯖石も梅雨の香が漂う。
 垣根の紫陽花が咲き始め、道行く人を楽しませている。

 「人間の厄介なことは、人生とは本来無意味なものだということをうすうす気がついていることである。古来、気付いてきて、今も気付いている。
 人間は王侯であれ乞食であれ、全て平等に流転する自然生態の中の一自然物に過ぎない。
 人生は自然界において特別のものではなく、本来、無意味である。と仏教は見た。これが真理なら、例えば釈迦なら釈迦がそう言いっ放して去ってゆけばいいのだが、しかし釈迦は人間の仲間の一人として、それでは寂しすぎると思ったに違いない。」   
                                   司馬遼太郎「あるうんめいについて」より